幼年編 その四 妖精の里-12
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春風のフルートが奏でる音色。それは世界に春を知らせるもの。
雪を降らせていた暗い雲が流れ、暖かな日差しが差し込む。
それはエルフの里にも、世界の各地に広がるであろう。
リョカの足元の、雪解けをしていた地面ではむくりと小石が持ち上げられ、寝坊を取り戻そうとしているのか、双葉がわかれ、どんどんと芽吹いていく。それはまるでおとぎの世界の話だが、触れることでそれが真実であるとわかる。
「うわ〜、すごいよ……」
「本当……、生命、植物の神秘を感じますわ……」
リョカは思い出したように道具袋を開けると、そこから持ってきていたスケッチブックと貴重なカラーコンテを取り出す。
「僕、この絵を描くんだ。そしてあの女の子にあげないと……」
「あのアンとか言う生意気な青ジャリか……。一体何者なんじゃろな? 俺のこと知ってるしで、気味悪いわ……」
「誰が気味悪いの?」
シドレーがぶつくさ言っていると、青い髪のおかっぱの、青いリボンをつけた女の子が笑顔でやってくる。
「わ! 出た!」
「アンさんだね? 今描いているんだけど、どうしようかな……」
リョカはまだ描き始めたばかりの絵を見て手を急がせる。
「んーとね、この前描いたものでいいの。えとえと……」
アンはリョカのスケッチブックを開くと、ごそごそと探し始め、そしてこの前書き上げたサンタローズの洞窟の絵を選ぶ。
「え? これでいいの? 他にももっといいのが……」
「ん〜、お……リョカさんの絵はステキだけど、順番があるの。それで、本当は全部もらいたいんだけど、そうすると他の……私が困っちゃうのよ……」
「そう……。でもいいや。はい、君に上げるね……」
「うん、ありがと」
アンは礼儀正しくお礼をすると、絵をくるくるとたたんでリボンで結ぶ。
「なんや、この前と違ってえろう素直じゃな……。それになんかちっさいし……? 縮んだと違う?」
「え? あ、あはは……シドレーさん、そんなことないよ……」
「つか、自分この前俺のこと呼び捨てにしてなかった? まあ、さん付けのほうが気分悪くないけど……」
それでもなにか引っかかることがあるらしく、シドレーはくるくる空中で回る。するとそれに気付いたガロンが何かの遊びなのかとじゃれ付き始める。
「あは! ちっちゃいガロンだ。可愛い!」
女の子はシドレーにじゃれたいガロンを抱き上げると、頭をなでなでとする。
「なんじゃ? お前、ガロンのことも知ってるのか……? こうなってくると、ますますわからんな……。俺の昔の知り合いってわけでもなさそうだし……」
「まま、いいからいいから……」
アンはガロンを離すと、急に落されたせいで着地に失敗してしまう。
「あらあら、ガロンちゃん、乱暴に扱っちゃめーですよ?」
ガロンが走った先にはフローラが居り、やっぱり抱きかかえながら戻ってくる。その手には何か本を持っているようで、かなり古臭く、そして厚いのがわかる。
「フローラさん、それは?」
「ええ、今回のことでごほうびをいただけると聞きましたので、魔法に関する本を一冊借りましたの……。読み終わりましたらベラさんが別のを届けてくれると仰るので、うふふ、らっきーですわ」
本を掲げながら嬉しそうに微笑むフローラ。するとアンは驚いたようにリョカの後ろに隠れる。
「どうしたの? アン……」
「えと、その……」
「まあ、貴女も呼ばれたの? 本当にベラさんたらそそっかしい人……」
ふうとため息をつくフローラは彼女に歩み寄り、その顔を覗き込む。
「アンさん? もう怖い氷の女王はこのお兄さん達で退治しましたから、安心してくださいね?」
「は、はい、ありがとうございます!」
にこっと話しかけるフローラと対照的にアンは直立不動の敬礼しかねない様子で言う。