異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-26
「三人って……その……彼も?」
華奢な肢体を、ティトーはそっと抱き寄せた。
「……そんなにジュリアスが嫌いかい?」
髪に顎を埋めながら、ティトーは尋ねる。
ティトーにとって幼い頃からの顔なじみをあからさまに嫌われるのは、あまりいい気はしないのだ。
これから嫌でも近しい間柄になるのだから、二人の溝は埋めておかなければならない。
「……彼もあなたも古くからの慣習と義務に則り、しなければならない事をした。それは理解しています」
まともな思考ができないひどい混乱のただ中にあった深花に向かって、ジュリアスはそれをきちんと説明している。
「でも、私はそれらを何もかも承服していません」
深花の声が明らかに硬くなったため、ティトーは内心でため息をついた。
「……では……」
上唇を舐め、ティトーは言う。
「正式な謝罪を受ければ、あいつを許せるかい?」
何か言いかけた深花を制し、ティトーは先を続けた。
「あいつの謝罪の意味は、かなり重い。いや、めったに頭を下げないとかいう意味ではなく、あいつが何かしでかした時にはあいつが頭を下げるよりも関係者二、三人の首を切らせる方が手早いくらいでね」
この場合の首を切るとは辞職という意味なのか、それとも文字通りの死の宣告か。
中世と近代の中間にあるようなリオ・ゼネルヴァの文明発展度からすると、おそらく後者だろう。
「……分かりません」
ふるふると、深花は首を振った。
「けど、彼が頭を下げるのが相当重い謝罪だというのは分かりました」
短気で、発言の端々から自分は悪くないと思っている事がぷんぷん臭うあの男が何らかの説得を受けてこちらに謝ったとして……許せるのかどうか、正直分からない。
頭を一つ振ったティトーが、不意に立ち上がった。
「じゃ、俺はやらなきゃならない事があるから行くけど……まあ、何も気にせず休んどきな。たぶん、体が言う事聞かないだろうから」
深花の裸体にシーツを掛けるとティトーは手早く身なりを整え、部屋を出ていった……。
服を着たティトーが向かった先は、談話室である。
基地内の人間が集まれるよういくつかのテーブルと椅子が用意されただけの、簡素な部屋だ。
そこでは、ジュリアスとフラウが待っていた。
壁に背をつけて、椅子に腰掛けたフラウを相手に何かを喋っていたジュリアスだが、入口に姿を見せたティトーに向かって手を上げる。
「……どうだった?」
ティトーがテーブルへ近づく前に、ジュリアスは尋ねた。
「どう、ってなぁ……」
頭をぼりぼり掻きながら、ティトーは呟く。
「平和な環境で育ってきたせいで、騙されやすいな。緊張をほぐすために気付けの薬湯を回りくどく説明したら、あっさり催淫剤と勘違いしてくれたし」
「そりゃあなたの二枚舌の賜物じゃない」
呆れたようにフラウが言うと、ティトーは不敵に笑った。
「あの子がこちらのルールを理解するまで、目が離せないっていう意味さ」
ふざけたような表情を消し、ティトーは顔を引き締める。
「とりあえずフラウ、お前とコンビを組むのはしばらく先だな」
フラウは、無言で肩をすくめた。
「まだ硬い常識とモラルで固まってるから、お前じゃ刺激が強すぎる」
ジュリアスは、物問いたげにティトーを見る。
「じゃ、明日もお前だな?俺は嫌われてるし」
「あー、その事なんだが」
ティトーは、決まり悪そうに腕を組んだ。
「明日はお前が頼む」
「ええっ!?」
驚いて目を見開くジュリアスを、ティトーは情けない表情で眺める。
「さすがに毎日は精力が保たん」
「あ〜……」
物凄く納得した声を出すジュリアスを見て、フラウが吹き出した。
「初心者なんだし、色々教えてやってくれ」