幼年編 その三 レヌール城のお化け退治-6
「捕まえた!」
袋小路に追い詰めたリョカは人影を捕まえようと手を伸ばす。しかし、それはすり抜け、薄ら寒い感覚を残す。
「え!? 魔物じゃない!?」
リョカの知るこの世の存在といえば人、ホビット、魔物の三つのみ。幽霊というのは大概無数の発光体の魔物が集まって出来ているものと認識しており、そこに手ごたえは薄いながらも必ずあると知っている。
だが、今こうしてすり抜けたそれは、かすかな手ごたえさえない存在だった。
抵抗の無い冷たい空間。そんな印象だった。
「ここまで来るとはなかなか度胸のある小童じゃの」
よく見ると、その存在は老人であり、貴族が来ている服に身を包んでいた。
「あなたは……?」
「ワシはレヌール城の王様……。元じゃけどな……」
「レヌールの王様? となると、あなたがお化けキャンドル達を!?」
リョカはカシの杖を構える。正直なところ、この存在とまともに戦えるかといえばそれはわからない。悪意の集合体を浄化する魔法の存在は知っているが、彼は契約をしていない。
つまり肉弾戦のみで退治すべきなのだが、はたして……?
「いやいや違う! ワシじゃない! ワシじゃない! ワシはただ、后とのんびりここにいたんじゃよ。そしたら親分ゴーストとか言う魔物が現れてな、この城を乗っ取ったのじゃ。ワシはただ、あいつを何とかしてもらいたいなあと思っていただけで……」
「そうですか……。でも僕はビアンカを探しに来ただけで……」
ドンゴロガッシャーン!
激しい稲光がして、リョカは一瞬言葉を失う。
「はて、アイツをなんとかしてもらいたいなあって思っていただけなんだが、おぬしなら……」
「おう坊主! そこに居ったか! えろう探したぞい! ほら、はようあの金ジャリ探しに行くで! ……なんやこの小汚いおっさん。浮浪者かい? ごっついパジャマきおってからに……、一体どこのおのぼりさん? オマケに透けてるわでキモイし……。ほらほら、こんなんええからはようはよう……」
ドンゴロガッシャーン!
再び激しい稲光がして、それはシドレーを焦がす。
「ぎひゃー! あちち! なななんじゃい今の! やべ、目え飛び出るかと思ったわ!」
「勇気ある少年よ……。ワシの願い、聞いてもらえるかな?」
「は……はあ……。ビアンカを探すついでにきっと……」
「うむ、ありがとう! きっとそう言ってくれると思っていたわい!」
嬉しそうに笑う王様は透けていながらも自分を触ることは出来るらしく、あごひげを梳いていた。
「なんじゃ、この爺さん、俺らが首縦振るまでこの茶番続けるつもりやったんじゃないか?」
「多分ね……」
毒づくシドレーだが、これ以上雷に打たれるのは辛いと、リョカの袋の中に隠れて羽を閉じる。
「さて、こっちへ来てもらおうか……」
王様はそう言うとリョカに向かって指を鳴らす。すると彼の身体がふわふわと浮き上がり、三階にあたるテラスへと運ばれる。
「おっおっなんじゃ? これ、俺も知らん魔法だど? コイツ、ほんまはすごい奴なんじゃないんか? つか、さっきいうとった親分何とかなんてコイツ一人で倒せると違うか?」
「ん〜、さっきの雷撃といい、僕もそう思う……」
奇妙な浮遊感を感じつつ、リョカはシドレーに同意する。
「む〜ん。すまんがワシ、暗いところ苦手で……。せっかくの力があってもあの親分ゴーストのところにいけないんじゃよ……」
「そうなんだ……はは……」
「なんじゃい、その中途半端な能力は……」
悪態をつくシドレーだが、半眼で睨む視線に気付き、そそくさと袋に隠れる。
「で、その親分ゴーストはどこに?」
「うむ、わしが手を出せないことをいいことに、城の中心部に居るわい。まあ、奴らの手勢が外に出ようとしたら、ワシの雷でいちころじゃがな」
「力関係は拮抗してるみたいだね」
「そうじゃな。じゃが、ワシも人間であったときの癖で転寝をすることがあるんじゃよ。すると、その隙をついてお化けキャンドル達が外へ出るわけだ」
「ああ、それでサンタローズにも……」
リョカは突然沸いたお化けキャンドルに頷く。
「それじゃあ行ってくる。けど王様、ビアンカの居場所とかわかる?」
「さっき入ってきたおじょうちゃんかな? 金色の髪の……」
「うん! そのこ!」
「そうじゃな、直ぐには殺されることはないだろうけれど、急がないと危険とだけは言っておこう」
「どあほ! それを先言わんかい! ほれ、リョカ急ぐど!」
「うん!」
シドレーは袋から出ると、闇を切り裂くべく小さな炎を吐いた……。