幼年編 その二 アルパカの洞窟-8
「そうだ。僕今日のこと絵に描くね。それをあげればいい?」
「ん……そうね。今日のはいいわ。これまでのを貰える?」
「じゃあオラクルベリーの絵をあげるよ。一緒に来て!」
「う、うん……」
リョカが手を引くと、その子は不意を突かれた様子で顔を赤くして、彼を追いかけた。
それをつまらなそうに見つめるビアンカだが、ふとあることを思い出す。
「ん? ねえ、メラリザードのシドレーだっけ? リョカがちゅうしたってどういうことかしら?」
「ああ、坊主がね。昨日助けてくれた綺麗な金髪のねえちゃんにぶちゅうってされたん。いやあ、坊主ってばモテルのね……てか、何人これいるの? 両手両足で足りなくね?」
空中で器用に両手両足の小指を立てるシドレーは「つり目、垂れ目、金髪、青髪、金ジャリ」と数えだす。
「ちょっと、金じゃりって何よ! 金じゃりって……」
「え? そな自分のこと決まってるでしょ。自分、昨日の姉ちゃんと同じ、金髪だで? んだけど、まだまだションベン臭いじゃりじゃし、せやから金ジャリな。我ながら名案じゃろ?」
ふふんと胸を張るシドレーに対し、ビアンカはその首を絞める。
「きー、くやしい! なんなのよ! もう〜〜!!」
「ぐへぇ、くるじい、坊主、たしけてぇ〜〜!!」
昨日のことを思い出すのは、何もリョカだけではなく、ドルトン親方はその様子にほっほっほと笑っていた。
**――**
「待ってろよ。もう少しで出来るからな……」
作業場に戻ったドルトン親方は弟子のマールと一緒にすぐに作業に取り掛かった。
ダンカンのクスリを処方しながら、片手で爆弾岩の手当ても行う手際はなかなかのものであった。
「……なるほどな。子供産むんで里帰りしてたんな……。そこでアイツラに囲まれてってわけか……。まったくお化けキャンドルどもも迷惑な話だな……」
魔物の言葉がわかるシドレーは爆弾岩と何か会話をしており、三人もへぇと相槌を打っていた。
「で、これから死の火山に戻るのな? まあきいつけて行けな。といってもお前らに挑むバカも居ないだろうけどな!」
「笑いごとじゃないわよね……」
「そうね……」
爆弾岩という存在はやはり気分に良いものではなく、ビアンカと女の子の表情は硬い。
「この絵でいい?」
リョカは部屋から持ってきたスケッチブックから、異国のお城の絵を出す。
「これは?」
「わかんない。前に父さんに連れられて行った場所なんだ。サンチョおじさんも居るよ」
「あ、ほんとだ」
リョカが指差すところには中年小太りの男性が子供を抱えて立っている。
「君、サンチョおじさんを知ってるの?」
「え? ああ、さっきあなたのことを探しに行ったとき、サンチョさんに聞いたのよ」
「ああ、それで……」
「うん。それじゃあこれでお仕事完了かな……。この絵、大事にするからね……」
「え? ああ、お願いね。そうだ、君の名前は……」
「私は……アン……。そうね。アンよ」
「アンさん? そう。よろしくね、アンさん!」
「ん〜、なんか変ね……まあいいわ。そうね、また会いましょ」
アンはそう言うと青い髪を煩そうに掻き揚げ、立ち上がろうとする。すると……。
「んなあほな〜! 自分、怖い顔して、大概にしなさいな!」
爆弾岩と盛り上がっていたらしいシドレーが空中でくるくる回りながらアンにぶつかり……。
「きゃっ!」
「危ないよ、アン」
リョカがそれを支えようとしたとき……。
チュッ!
互いの唇がまるで引力でも発しているかのように近づき、重なってしまう。
「え〜〜!!」
最初に反応したのはビアンカだが、その間実に八秒。みるみるうちに二人の顔が赤くなり、アンはリョカを突き飛ばして、腰につけた道具袋から聖水を取り出し、勢い良く嗽を始める。
「ちょっとリョカ、ほら、あたしの聖水あるから、直ぐに嗽して! ほら、はやくしないと! 三十秒以内ならノーカンにできるから!」
地方によってキスのリセットまでの猶予時間に違いがあるらしい。リョカは言われるままに嗽をはじめ、外へと走る。
「んもう! これならさっきちゃんとしとけば良かった! リョカの意気地なし!」
ビアンカは作業場を走り出る二人の後姿を見つめながら、天に向かって叫んでいた……。