幼年編 その二 アルパカの洞窟-3
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「へぇ……これは海の絵? この白いの……鳥? 何?」
「これはね、海猫だって。かもめみたいなんだけど、にゃーにゃー鳴くんだ。そして猫みたいにお魚さんを食べるんだ」
「へぇ〜」
「でね、こっちがオラクルベリーの街。すごいんだ。とっても眩しくて、人が多くてさ……」
「いいわねぇ。リョカはいろんなところを旅できて……。私もどこか冒険に行ってみたい」
リョカの絵を見ながら感心した様子で呟くビアンカ。アルパカの村の宿屋の娘である彼女にとって、冒険者を見ることはあっても冒険をすることはない。それはこれから先も変わらないことなのだろうけれど、自分より幼いはずのリョカが会うたびにそういう経験を重ね、認めたくはないもののたくましく、りりしくなっていくのが羨ましかった。
「でも、冒険は大変だよ。昨日なんて僕、デボラさんを危険な目に遭わせてしまったし……」
「デボラ? 誰?」
「デボラさんは船で一緒だった女の子だよ」
「女!?」
女という言葉にビアンカが怪訝そうな声を出す。
「うん。とってもワガママで怖い人だった。でも僕、何がなんでもデボラさんだけは守らないとって、必死だったんだ」
「ふうん。もしかしてリョカはその人のことが好きなの?」
「え!?」
飛躍する話にどきっとするリョカ。彼はここ数週間の出来事を思い出す。
朝。彼女の部屋に朝食を届け、食器の片付けをする。
昼。彼女にレモンティーを届け、絵を描きながら話相手。
夜。彼女がお風呂から上がるまでずっと外で彼女に話しかける。
深夜。彼女がトイレに行くのを送り迎えする。
「ないない、それは無い」
ぶんぶんと首を振るリョカ。それでもビアンカは訝しんでいる様子。
「それに、僕が好きなのは……」
もじもじしながら口を噤むリョカ。
好きと言える女性。リョカの知る女性など数えるほどしかいないわけだが、その中でそれを選ぶとなれば、およそビアンカしか考えられない。
「ビアンカちゃんだけだもん」
「ふ、ふ、ふーん。そうよね。そうなのよね……うんうん」
言ってしまったという様子のリョカに対し、ビアンカはさも当然という様子で胸を張る。ただ、しきりに眉が小刻みに震えているのが印象的であり……。
「アッ……」
ふと思い出すこと。
好きとキス。
不意打ちとはいえ、リョカは昨日見知らぬ女性、アニスからキスをされた。
片思いするビアンカにすらされたこともしたこともないというのに、彼はアニスと……。
――大丈夫だよ。聖水で三分以内に口を濯いだし、それはキスじゃないはず……。
デボラの言葉を反芻するリョカだが、それは詭弁に過ぎないことを、唇が知っている。
あのやわらかく、甘く、少ししょっぱい、ぬるっとした、良い香りのする行為。
リョカの中であれは忘れられないことであり……。
「どうしたの? リョカ……」
彼が神妙な顔付きであることにビアンカが声を掛ける。