幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-1
幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。
地平線の向こうまで続く海。果てしなく青い、どこまでも広い海。
サントフィリップ号は今日も海を行く。
だが、今日の日の出と共に見え始めた大地が、その存在感を示し、旅の終わりをかもす。
「……島? 島が見えた。父さんに知らせなきゃ!」
甲板で一人絵を描いていた少年――リョカ・ハイヴァニアは父の居る部屋を目指す。
まだ遠くに見える島。目的地であるオラクルベリーの港へは、まだ二、三日はかかるだろう。けれど、代わり映えのしない海原を見続けていたリョカは、それを誰かに伝えたくてしょうがなかった。
「しーま、しーま!」
夢中で走るリョカ、船室へ向かうドアを開けようとしたとき、不意にそれが開き、逆に転んでしまう。
「あら、そんなところで寝てると風邪ひくわよ?」
ドアを開けて立っていたのはデボラ・エド・ゴルドスミス。
つり気味の目は眼前で寝そべるリョカをつまらないモノの見下しており、形の良い鼻はフンと不機嫌に鳴る。アップさせている赤みがかったブラウンの髪が風になびき、それが彼女の瞳をくすぐると、それを煩そうに手で払う。
年の頃、リョカより二つ上の彼女だが、彼にとって苦手な存在だ。この一ヶ月にわたる船旅において、最初こそ互いにぎこちない間柄であったが、今では小間使いのようにこき使われている。
「リョカ、暇だったら厨房からレモンティーをもらってきて頂戴。こう暑いと喉が渇いてしょうがないわ……」
「う、うん。わかったよ、デボラさん……、でも水は貴重だから、あんまり……」
船において水分は貴重なもの。今回の船旅で時化に遭うことこそなかったのだが、これまでのリョカの経験からすれば、気分次第で嗜好品を求める彼女はワガママといえる。
「聞こえなかった? あたしはレモンティーを持ってこいと言ったの!」
「は、はい!」
しかし、なぜか彼女に逆らうことが出来ないリョカはそれに頷いてしまう。
そのことをパパスに相談したことのだが、父は笑って「男の子は女の子に優しくするものだ」と取り合ってくれなかった。
――もう、デボラさんって本当にワガママなんだから……。
リョカはそんなことを思いながらも忠実に厨房へと向かう。
「あら、リョカ!」
すると今度は別の声に呼びとめられる。
「あ、フローラさん……」
振り返ると丁度客室から出てきたらしく、リョカと同い年の女の子がいた。
リョカを見るとにっこり微笑む彼女はフローラ・レイク・ゴルドスミス。デボラの妹だ。
だが、妹というにはこの二人、似ても似つかない。一番最初に目に付くのは髪だろう。デボラが赤なら、彼女は青。青みがかった黒髪は腰まで届き、一体この船旅でどう手入れをしているのかわからないほどさらさら具合を保っている。
そして瞳。二重の瞼は優しそうなカーブを描いており、笑うたびに何かふんわりしたものが溢れてきそうで、とても暖かな気持ちにさせてくれる。
「今デボラさんにレモンティーをもらってくるように頼まれて、急いでるからまた後でね!」
「まあ、姉さんたらまた……。それなら、私もまいりますわ。ちょうど喉が渇いていましたし……」
やはり二人は姉妹とわかるのが、こういうところ。おおよそ世間とずれている感覚だろう。
「う、うん。けど、あんまり船では無駄にお水を……」
無駄とわかっていながらも船で気にすべき項目を告げようとするリョカ。
「お水を……なんですか?」
だが、にこりと微笑むフローラの可愛らしさに負け、リョカは彼女の先にたって厨房を目指した。
既にこのとき、リョカは陸地が見えたことなど忘れていて……。