幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-9
「あああーーー!!!」
「えええーーー!!!」
「ちょ、ま!」
三者三様驚きかたは様々だが、それはリョカも同じ。
初めて触れる唇。その柔らかさ。甘い香り。緊張が混乱と相成って動悸が酷い。呼吸も困難なくらい酸素が足りない。
「んふ……」
うっとりとした様子で両頬に手をあてる女。彼女は「甘酸っぱい」と小声で言い、その余韻を楽しむかのように唇を舐める。
デボラと男は女に詰め寄り、
「姉さん!」
「貴女!」
シドレーは呆然とするリョカの肩に乗る。
「お前はもう男だ!」
「ぼ、ぼく……」
子供ながらにキスという言葉は知っている。旧知の親交を表すため、頬でするのも知っている。そして唇同士でそれをする意味も……。
「ちょっとリョカ、聖水はないの!? ほら、あった! あたしの貸してあげるから早く口ゆすぎなさい! 三分以内ならノーカンだからね!」
「う、うん……」
言われるままに嗽を始めるリョカ。
「ちょっと! 人を風邪みたいに言わないでくれる!?」
女性はデボラに対しては強い口調で言う。
「なに言ってるのよ! いくら命の恩人でもいきなりキスするなんて非常識だわ! 恥知らずもいいところ!」
しかしデボラも負けていない。
「まぁまぁ、デボラさん、姉さんも……」
それを執り成す男だが……。
「「あんたは黙ってて!」」
二人声を揃えていなされる。
「はい……」
そして縮こまる男。
暫く言い合いは続くわけで……。
**――**
「もう、キスぐらいいいじゃない。どうせファーストキスは私なんだし……」
「だから! あんたが今しっかりファーストキスを奪ったんでしょうが!」
ふてくされる女にデボラは食って掛かる。まるで自分のファーストキスが奪われたかのように叫ぶが、シドレーの「ええやん、坊主のことなんだし。それとも何か許せない理由とかあるのか?」という声に収まった。
「おーいリョカー!」
そうこうしているうちにパパスの声が聞こえてきた。そしてフローラとそれに続く衛兵達。
「あ、まずい……。ほ、ほら、行こうか……」
「はいはい……。それじゃあリョカ君。気をつけて……」
「あ、はい……。あの、お二人のお名前は……」
何かの魔法を唱え始める女に、リョカが声を掛けると、二人は少し顔をしかめた後、
「俺はボルカノ・エバ……」
「私はそうねアニス・レイクニア」
「ボルカノさんとアニスさんだね。ありがとうございました。本当に助かりました」
「ん……んーん……」
リョカのお礼にも二人は難しい顔。そして光が凝縮されたあと、二人の姿は空へと消えた。
「あれ……なんて魔法!?」
「ルーラだろ? 空間転移魔法の……」
シドレーはさも当然という様子で答えるが、デボラは首を振る。
「そんな、だって、空間転移魔法は契約方法が失われているって……」
「そんなんまたつくればいいじゃん」
「あんたね。さっきから簡単に言うけど、魔法の契約ってすっごい大変なのよ! ものすごいお金が掛かるか、苦労するか、その苦労がわかって言ってるの!?」
デボラはシドレーの首を掴むとぶんぶんと前後に降り始める。
「んなこと言われても、俺、あれを頻繁に唱える奴ら知ってるし……」
「無理に決まってるでしょ! 失われてるんだから!」
「ぐるじ〜、たしけて〜」
「きい! なんなのあの女! 悔しい!」
ぶつける先の無い怒りにデボラはただシドレーを苛めるわけだが……。