幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-8
「ぐぅ!」
獣の低い声と何かが砕ける音は同時だった。
「だ、誰……!?」
パパスではない誰か。青年と呼べる年頃の男女が窮地を救ってくれたのだろうことはわかるが、突然すぎて状況がわからない。
「まったくいつ来てもピンチなんだから……」
「だからこそ記憶に残るのかもね……」
二人は倒れたリョカを起こすと、簡単な回復魔法――ホイミを唱える。
「あ、ありがとうございます。えと、お兄さんとお姉さんは……」
「お姉さんだって! この子可愛い!」
リョカがお礼を言うと、女性のほうが彼をぎゅっと抱きしめる。
「何が可愛いだよ。姉さんも……」
呆れ顔の男性は短髪を掻きながらふうとため息をつく。
「アンタは可愛くない……」
女性はリョカを抱きしめながら男を睨む。
「はいはい……、えと……デボラさんって呼べばいいかな? 怪我はありませんか?」
面倒臭いとばかりに男は姉を無視してデボラに手をかざし、ホイミをかける。
目立つほどではないが草で切ったらしき傷が癒えるのがわかる。
「え? あ……はい……ありがとう」
「そうですか、よかった……」
ほっとする男はデボラを見つめていた。
長身で短髪、端整な顔つきの男。太い眉毛と誠実そうなまっすぐな瞳。デボラの好みに近い小魚を連想させる顔なのだが、不思議と憧れを抱いても誰かに対する思いと同一のものを抱くこともなかった。
「あ、あの、苦しいです……」
一方、女性に抱きしめられていたリョカ。その豊満な胸元は彼に窮屈さを抱かせる。
「ああ、ごめんね……。貴方があんまり可愛いから……つい……」
そういうとようやく彼女はリョカを開放する。ただ、その表情は隙あらばスキンシップをとばかりに獲物を見つめている気がする。
その女性、月明かりの下、金色の髪が良く風になびく。長くしなやかでしっとりとした髪。髪留めも意味がなく、前髪が何度も瞼を過ぎる。彼女はそれを掻き揚げながら、リョカの視線にしゃがんでおでこをつける。
「リョカ君……でいいかな? あんまり危ないことをしちゃいけないよ」
「はい、ごめんなさい」
言い終えた後、足が竦む。先ほど剣を振り下ろされたときもそこまで酷くなかったというのに、今こうして無事だというのに、その恐怖を実感し始める。
「震えてるね……怖い?」
「はい……けど……」
「けど?」
「男の子は女の子を守らないといけないから……、次は怖くない」
「そう……」
彼女は少し悲しそうにした後、リョカをもう一度抱きしめる。
「お姉さん? 誰?」
「んーん、ごめんね……さっきから……」
「いえ……」
「君にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「え? なんでしょうか」
「君、絵を描くのが好きだよね? 君の絵を欲しがる子が居るのよ。青い髪のとっても可愛い子なんだけど……」
「とっても怒りっぽくて、ファザコンで……」
「うっさい! そこ!」
女は無詠唱で氷の矢を放つも、男はソレを足で軽くいなす。
「その子に上げて欲しい。そうね。今日のこととかも描いてくれるかな?」
「うん。わかった」
「うふふ。素直な子って本当に可愛い……」
笑顔になる女だが、舌なめずりをした後……。
「あっ……んっ……」
リョカの顎にひとさし指を沿え、少しだけ顔を上げさせ、唇を重ねた……。