幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-4
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それから一日後の午後、船はオラクルベリーの港へ着いた。
日も沈みかけていたこともあり、ルドマンの誘いでオラクルベリーの宿へ泊まることとなった。やはりルドマンはパパスに用があるらしく、リョカが布団を深く被った頃に部屋を出て行った。
そしてリョカも久しぶりの陸地での夜を満喫するため、イエティの数を数え始めるのだが……。
「……起きて、ねえ、リョカ……」
ドアがノックされると同時に開く。そこには例の赤髪の女の子がおり、さらに青髪の女の子もいた。
「どうしたの? おしっこ?」
「ちが! どうしてあたしがおしっこにいくのにあんたを呼ぶのよ!」
「だって、船ではよく……」
「まあ、姉さまったらようやく一人で行けるようになったと思ったら、リョカ君を……」
「うっさい! ばかばか! もう、フローラに知られちゃったじゃないの!」
手近にあった枕でばしばし叩かれるリョカ。痛みはさほどではないが、毛羽立つ埃で目が痛い。
「ご、ごめんなさい。で、それで何のよう?」
「あ、それで……あのさ、昨日フローラが言ってたこと覚えてる? 誰かが居るって……」
「誰か? どこに?」
「船に誰かが居たのよ。私達と同じくらいの子がさ!」
「そうなの?」
「見たわけじゃないんだけど、その、あたしにも聞こえたのよ。ここがオラクルベリーかって……」
「大人じゃなくて?」
「違う。あれは子供……っていうほどじゃないけど、ぜったい大人じゃないの……」
「ん〜。そうなんだ……でももう船を下りちゃったし、探すにしても無理じゃないかな?」
サントフィリップ号が港に来てすでに数時間経っていることを考えればリョカの言い分が正しい。それに関してはデボラも否定するつもりはないらしい。だが……、
「それがさ、あたしの部屋。まだ使ってないコップが濡れてたり、お菓子が一人分なかったりして……多分誰かいるのよ……」
「? つまみ食いじゃなくて?」
「あんたじゃないの!」
ガツンとこぶしが降り注ぐ。
「ごごご……。で、でもそれでも逃げちゃってるとか……」
「それがね、そいつはすごい間抜けみたいで、お菓子をぼろぼろ零しながら逃げてるのよ……だからそれを辿れば……」
「ふうん。なるほど」
「いまからソイツを捕まえてぎゃふんて言わせるの。来るわよね」
「……うん」
一瞬思案するリョカは二人を外に出してから普段着に着替え、そして道具袋の中から……。
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点々とこぼれているお菓子のカス。それは街の外へと続いており、塀の外へと出て行ったらしい。
「この塀を越えたのかしら?」
「多分ね……。どうする? 遠回りする?」
「そうね……。早くしないと逃げられちゃうわ」
「でも姉さま、私達子供だけで外に出してもらえるかしら? 街の外は少ないとはいえ魔物がいるのでしょう?」
「うん。だから急いだほうがいいんだ」
身震いするフローラに対し、リョカは生真面目な様子で言う。
「なんで?」
「だって、もしその子が本当に子供だったら危険じゃないか。デボラさんとフローラさんは父さんを呼んできてよ。僕がその子を追う」
「アンタ一人で? ふざけないでよ。そんなこと……」
「大丈夫。危ないって思ったらすぐに逃げるから……。それにぐずぐずしてたら多分その子もお菓子を食べ終えちゃう。そしたら追いかける方法がなくなるよ」
「そ……そうね……それじゃあ任せる……わ。行きましょ、フローラ……」
「でも姉さま……」
「いいから……」
デボラに急かされフローラは元来た道を戻る。その背後では塀をひらりと乗り越えるリョカの姿が見えた……。