幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-3
「はい、何時までも船室に閉じこもっていては腕に黴が生えてしまいますから……」
「はっはっは……、貴方におかれてそれはないでしょうが……」
ルドマンはパパスの冗句を愉快そうに笑うも直ぐに冷静な目に戻る。
「して、パパス殿は今後どちらに?」
「ええ、まずは例の物をアルパカ……」
神妙な顔つきで話し込む二人にリョカと姉妹はそっと聞き耳を立てていたが……。
「うおっほん……。ルドマン殿、この話はまたのちほど……」
わざとらしい咳払いのあと、二人はそそくさと船室へと戻っていくが、それを睨むデボラは顎に指を当てて思案気な様子。
「なんか怪しいのよね、父さんもパパスさんも……」
「そう? 大人なんだし、子供にいえない話ぐらいあるんじゃ……」
「違うのよ。だってこういっちゃなんだけど、あんたの父さん、絶対普通の人じゃないでしょ?」
「それを言うならデボラさんのお父さんだって……」
「そうよ。父さんはすごいんだから! サラボナから世界を股に掛ける商売人! ルドマン・ゴルドスミスその人あり!」
普段はそうそう笑わない彼女だが、父のことを話すときだけは決まって笑顔になる。それだけ父を尊敬し、また愛しているのだろう。
「で、その人がどうしてあんたなんかの父さんと知り合いなわけ?」
そしてリョカに向ける視線の冷たさ。それは胡散臭さ半分、彼女の言う小魚顔の男の子の父が同等に肩を並べることへの不満があった。
「僕もわかんないよ……。けど、多分そういうんじゃないと思う」
「そういうって、なによ?」
「えと、デボラさんの言うすごいとは違う、別の何かがあるんだよ」
「そりゃ……そうでしょうね……」
デボラが軽視しているのはあくまでもリョカに対してのみ。一見すれば用心棒風情なパパスだが、彼女は彼に対し、身構えるような礼儀正しさを示している。
「でも、それが気になるのよ!」
デボラは急にリョカに向き直ると、その首ねっこを掴み、コメカミにこぶしをあててぐりぐりとしだす。
「わわわ、痛いよデボラさん。やめてよ、ごめんよ!」
そしてその言い知れない圧力の正体がわからない鬱憤が、こうしてリョカにぶつけられるのであった。
「ねえ、お姉さま……。この船には私達以外に子供はのっておりましたっけ?」
するとフローラが首を傾げながら口を挟む。
「? いないと思うわよ? 居たら見るはずだし……」
「でも、さっき声が聞こえたのよ。とっても子供っぽい言い方だったけど、私達じゃない、知らない声で……」
「ちょっとやめてよ。あたしお化けとか苦手なんだから……」
ぶるっと震えるデボラ。その瞬間だけ責め苦が弱まり、リョカはすっと腕から抜ける。
「あ、こら! リョカ! 待ちなさい、この小魚男!」
「もう、姉さまったら……」
そしてくすくすと笑うフローラだった。