幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-2
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「ちょっと! どうして言わないのよ! 陸が見えたらすぐに教えなさいって言ったでしょ? もう、小魚みたいな顔して全然役に立たないんだから!」
甲板に戻ったリョカを出迎えるデボラの第一声はそれだった。
彼女はリョカの持ってきたレモンティーを奪うと、遠慮なく喉を潤した。
「うふふふふ……」
フローラはそれを見て何か思い気に笑っている。最初の頃はフローラも仲裁に入ってくれたのだが、最近はリョカとデボラのやり取りを見て笑うことが多い。
リョカとしては優しい彼女にまで笑われるという屈辱に耐えなければならず、不満ばかり募っていく。
「え? 陸が見えたの! どこどこ!?」
背後では他の乗船客がぞろぞろとやってくる。リョカ達が陸の見えたほうを指差すと、皆「おお……」と感慨深いため息をついていた。
上品なスーツ、ドレスに身を包んだ紳士淑女達は皆、これまでの船旅の不自由などを口々に笑い合っていた。
このサントフィリップ号はいわゆる豪華客船だ。これまでリョカが父と旅をしてきたときに乗った船の二倍から三倍近くある大きさ。積載量も乗数的に増え、普段は我慢しているリョカも今回の船旅ばかりはそれほど遠慮なく乾きを潤せた。
当然客室にも違いがある。今までは木のベッドに薄い布団か寝袋で寝ていたわけだが、この船ではスプリング付きのベッドであり、布団もふわふわで重さを感じられないもの。
あまりの豪奢に二人はわざわざ乗組員室と換えてもらったほどだ。
それに船員も荒くれ者ばかりではなく、それなりの教育がされた者ばかり。これまでは厨房に行けばコックに「つまみ食いをするな」とお玉をもって追い掛け回されたのに、この船では味見をさせてもらえるほどだ。
実のところをいうと、異質なのはリョカとパパスの方。では、何故彼らがサントフィリップ号に乗れたかといえばそれは気まぐれな大富豪のせい。
「おお、ようやく陸地が見えたか!」
遅れてやってきたのは額の禿げ上がった大柄な男性。窮屈なパンツと金糸の刺繍の施された燕尾服、ごつごつとした指輪をいくつも付け、いかにもお金持ちというか、富豪とされる存在だった。
「父さん、見て! もう直ぐオラクルベリーよ」
「うんうん、もうすぐだな」
デボラの嬉しそうな声に彼――ルドマン・ゴルドスミスは頷く。
「こいつが見つけたのよ。なのに全然教えてくれないんだから、この小魚」
デボラは畏まっているリョカの肩をトンと押す。
「そうか、リョカ君か。また絵を描いていたのかい?」
ルドマンは笑顔でリョカの頭を撫でるので、彼もうんと頷く。
「そうだ、君のお父さんにも知らせてあげたらどうだい? ああ、そうか、今も調べ物の最中か……。邪魔してはいけないし、後にしてあげなさい」
「そう……」
ルドマンの言葉にリョカは少し残念そうに頷く。
このところ父は部屋で本を読んでばかりいる。旅の合間、少しでも暇があると本を読む父は真剣そのもので、幼いリョカにもそれを邪魔してはいけないとわかっていた。
ただ、唯一の話し相手でもある父が自分の相手をしてくれないということは、やはり彼にとっても寂しいことではある。本当は陸地を見つけたとき、一番に報告したかったのだから……。
「騒がしいと思ったら陸地が見えましたか……」
「父さん!」
沈んでいたリョカの顔がぱっと明るくなる。人ごみを遠巻きにしながらパパスがやってきたからだ。
普通の旅人というには大柄な男。特注の旅人の服で見えないが、引き締まった体躯は歴戦の戦士。船の中ということもあり帯刀していないが、普段は長さ一メートルを超える両刃の剣を自在に操る。そして、今も野暮ったいだぶだぶしたズボンの内側に小剣を隠しており、この船旅の中、獲物を求めた水棲の魔物を数匹しとめている。
油断怠りなき者。それがパパスなのだ。
「これはパパス殿。調べ物はよいのですか?」