A-8
同じ頃、雛子は湯船の中にいた。
「あたた…」
触ると、腿の部分がかなり痛む。
「今日は、結構走り回ったからなあ」
朝もそうだが、何処にいるのか分からない哲也を探すのに、学校内を駆け回っていた。
「それにしても、良かったなあ…」
自然と笑みが出る。よほど今日の出来事が嬉しかったのだろう。
「校長先生に相談した時は、どうしようかと思ったけど…」
高坂からアドバイスを受けた雛子は、悩んでしまった。
不首尾に終われば、哲也はもちろん、母親をも傷つけてしまうからだ。
そうして、昼休みを迎えた。
未だ、考えのまとまらない雛子の元に、高坂が訪ねて来た。
「どうですかな?」
問いかけに、雛子は困った顔をする。
「正直、まだ悩んでます…」
高坂は、穏やかな顔で云った。
「とりあえず、持っていってみたらどうです?」
「えっ?でも…」
「そのままじゃ、痛んで食べられなくなってしまう。勿体ないことになります」
高坂に背中を押された雛子は、
「わ、わたし、行ってみます!」
勢いよく席を立つと、校庭へと駆けて行った。その姿を高坂は、眩しそうな眼で見送った。
「…あの一言が無かったら、止めてたかも知れないなあ」
沸き上がる高揚感に、雛子は叫び出したい衝動に駆られる。
「また明日よ!明日も早起きして、お弁当作って野良着着てッ」
両手をパチンと合わせる。
「そーだ!私も畑やってみようッ。庭に野菜を植えれば、皆んなで食べれるわッ」
独り暮らしの屋敷に声が響く。雛子はその日、長い風呂になってしまった。