A-7
「哲也、ご飯を注いで」
「うん!」
哲也は、台所に降りて竹で編まれたオヒツの蓋を取る。少し黄色がかったご飯が綿布にくるまれていた。
網目と綿布が、お米の適度な水分調整を行い、竹がモノを腐り難くする──先人からの知恵。
やがて夕食の準備が出来た。
干し芋と菜っぱの味噌汁とご飯、それに漬物。
だが、2〜3日前に作ったのだろう。味噌汁は塩辛く、ご飯からは少し匂いがした。
「いただきます…」
母親は黙々と食べだした。
哲也も、黙って食べている。
「哲也…」
食事が終わり掛けた頃、母親の優しい声がかかった。
「なに?」
哲也も母親の方を見る。
「今日は、なんか、良いことがあったのかい?」
ちゃんと気づいていたのだ、息子の変化を。
哲也はしばらく黙っていたが、
「…あの」
やがて、とつとつと語りだした。
「昼休み、せんせえに…おにぎりもらった」
「なんだって…?」
母親の中に、強いわだかまりが湧き上がった。
「そりゃ、どういうことだぁ!」
荒げた語気。人の世話になるのを極端に嫌らう者の、強い問いかけ。哲也は、俯き加減で母親に云った。
「せんせえはな、オレに“作りすぎたから”って、おにぎりくれたんだァ」
「おめえ…」
母親は驚いた。父親が亡くなってからこっち、自我を出すような子じゃなかったからだ。
哲也は再び口を開く。
「…オレ、せんせえと口も利いたこと無くて。そしたら、走って来て…ニコニコ笑って、“握手しよう”って…」
その眼には、喜びが映し出されてた。
「そうか…よかったな」
それは、母親も同様だった。
小作の子──として、わが子が、どれだけの惨めさを味わってきたかを知っていた。
こんな眼をして話すのは、久しぶりの事だった。
「オレな、学校行くの嫌いだった。でもな、せんせえなら…」
「お喋りしないで、早く食べな」
母親は、息子の言葉を遮ると、空になった食器を持って台所に消えてしまった。
あれ以上、聞いていれば、こみ上げてくるモノを抑えることが出来なくなるから。
部屋に残された哲也は、ひとり茶碗のご飯をかき込んだ。