A-4
「私なりに考えたんです…」
そう前置きして、彼女は“昨夜の想い”を語りだした。
最初は、あまり乗り気でない気持ちで聞いていた高坂だったが、話が進むにつれて、興味を抱き始めた。
そして、
「どうでしょうか?」
校門の前。言葉を結んだ雛子に対して、高坂はその両肩をむんずと掴んでいた。
「こ、校長せんせい…?」
「河野さん。あんた…」
「はいぃ?」
「タマゲました!いい考えじゃあッ!」
興奮した顔で、雛子の肩を何度も何度もゆすった。
「い、痛いっ!」
「おお、こりゃ失敬」
高坂は慌てて両手を離す。掴まれた両肩をさする雛子。しかめた顔が痛々しい。
「だ、大丈夫ですかな?」
「はい、大丈夫…です」
幾分、柔いだ表情に高坂はホッと胸を撫でおろす。そして、改まった顔で彼女を見つめた。
「しかし河野さん。大したものですなあ」
満面の笑み。それを見て、雛子も嬉しさがこみ上げる。
「じゃあっ!いいんですか?」
「おやり下さい。分からんことがあったら、私に云って下さい」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる雛子。高坂も笑顔で何度も頷いていた。
「さっそく、放課後にお母さんに会って来ます!」
雛子がそう切り出すと、高坂は口を真一文字に結んだ。
「それは、ちょっと待った方が良さそうですなぁ」
「えっ?それってどういう…」
「これは私の考えですが、先ずは、実績作りが大事じゃあないでしょうか?」
「実績…ですか?」
高坂は強く頷く。
「まだ貴女は赴任されたばかり。そんな方が会って話しても、哲也の母親は拒否するでしょうな」
「な、何故ですか?」
雛子には解らない。子供のためになるのに、拒む理由が。
「哲也の母親は、貧しくとも、誰にも頼らず必死に生きています。誰にも頼らずに…」
聞かされた理由に言葉もなかった。自分の浅はかさに、胸が締めつけられる。
「すいまんでした…」
俯く雛子。その顔は重く沈んでいた。
「もう一度。よく考えて下さい」
ちょうどその時、子供たちが登校してきた。
「話は終わりです。さあ、笑って迎えますよっ!」
雛子は石段下に目を向ける。ぎこちない笑顔で。
目ざとい子供たちが寄って来る。
「あれぇ?雛子せんせえ、野良着着てるう」
「今日からね。校長先生のお手伝いしたの!」
キラキラとした笑顔が、校門を潜って行く。つられて雛子の表情も自然と緩みだした。
しかし、頭の片隅には暗雲が垂れ込めていた。