A-12
「あいつ、云いたい放題じゃ」
そして、深いため息を吐いて、
「せんせえ、哲也の母ちゃんに何の用だ?」
雛子の顔を見た。疑念に満ちた顔で。
「その…家庭訪問をしようと思って」
「さっきの、もめ事が原因か?」
間髪入れずに言葉が返ってくる。
「ううん、違うわ」
そう答えた雛子の顔は、慈愛に満ちていた。
「そうか」
大は、校門に向かって歩き出す。雛子も、その後を追った。
学校を出て、哲也の家へ向かう道すがら、大は語りかけた。
「せんせえ…」
「なあに?」
「その…和美のこと、どう思うた?」
いきなり、核心を突く内容。しかし、雛子は真っ直ぐに答える。
「最初は、驚いたわ。良いことと思っていたことに、努られたんだから…」
聞かされた大は、頷いた。
「哲也は、学校に行く前から仲良しだ。あいつは昔はな、ものすごく元気だった…」
大は、視線を落とした。
「…それが、父ちゃんが死んでから、あいつは変わった。オレとも、話さなくなって…」
「大くん…」
そこまで話すと、大は一転、明るい顔を雛子に向けた。
「でもな、昼休みにせんせえといる時のあいつの顔。昔のまんまなんだ…」
大は、再び俯いた。
「せんせえ、あいつ、いい奴なんだ…」
声には、強い願いがこもっていた。
雛子が大の方を向いた。
「大丈夫よ」
柔らかいが、しっかりとした意志を感じさせる声だった。
「私も、哲也くんのこと大好きだから」
「せんせえ…」
「今日、哲也くんのお母さんと話したら、明日は和美くんの家に行くわ」
雛子の言葉を聞いて、大は、気持ちがすっきりしたようだ。
それから、10分ほど歩いた時、
「この道の奥が哲也の家だ」
山の麓から奥へと通じる細い道。とても、人が住んでいるとは思えない。そんな場所に、哲也の家はひっそりと建っていた。
「あいつの母ちゃん、暗くならないと帰ってこないよ」
心配気な大。対して雛子はにっこり笑いかける。
「一旦帰って、暗くなりかけてから来るわ」
「そっか…」
「大くん。ありがとう」
大は帰って行った。
雛子も、自宅に向かって歩き出した。
(どうやって切り出そうかしら…)
心の中では今も、迷っていた。
「a village」A完