【松本梨絵】-1
「松本、誕生日おめでとう」
コピー室にいると、急にそう声をかけてきたのはこの会社の社長…金澤雪人(かなざわゆきひと)だった。
「雪人…覚えてたの?」
「毎年言ってるだろ」
「だってもう夜の9時よ? 今日何度か会ってるのに、今年は言ってくれないかと思ったわ」
「秘書課の松本梨絵サマの誕生日忘れるわけないだろ?」
クスッと笑うその笑顔…あたしは不覚にも、ドキッとしてしまった。
この男…ホントに綺麗な顔。
年を重ねても健在なのがムカつくわ。
「てゆーか、あんたの『ハニー』は? わざわざこれ言うために残ってたの?」
「そのまさか。もう麗は帰らせたよ。
それより松本…仕事しすぎなんじゃないか? 昨日だって真鍋と過ごさなかったんだろ」
「う…」
今日は誕生日なのにも関わらず…昨日の夜だって仕事が遅くて結局隆とは過ごせなかった。
今日も隆は残業をして待ってくれてると言ったけど…
「だと思った。今日は飛びっきりのプレゼントを用意したんだから。俺はもう帰るけど…社長室行くといいよ」
あたしは目をぱちくりさせる。…その、意味ありげな笑顔はなんなわけ?!
「何びっくりしてんだよ。早く行かないと溶けちゃうかもしれないから」
「と…溶けちゃう…?」
何言ってるのか、さっぱりわからない…と思いつつもあたしは雪人と別れると、コピーし終えた資料を置きに秘書課に向かった。
コピーしてたから気づかなかったけど、秘書課は真っ暗で、もう誰もいなかった。
隆は…?
ポケットから携帯電話を取り出して開いてみたけど、隆から連絡はない。
だけど代わりに、ついさっき送られてきたらしい雪人のメールがあった。
『早く行かないと、溶けちゃうよ(笑)』
「…はあ?」
訳がわからない…と思いつつ、あたしは社長室へと向かった。
隆には後で連絡してみよう。隆だって忙しかったから、何か急用が入ったのかもしれない。
一応、コンコン…と軽くノックする。
誰もいるわけがないんだけど−−と思いきや…