姫はじめ-1
キィーンコォーンカーンコォーン....
県立西村中学校の終業チャイムが鳴った。
時は茅蜩が鳴き始める頃。この頃になると、真昼は暑くても放課後になると涼しい風が出て来て過ごし易い。ただ、気候が急に変わるこんな折には、ともすると体調を崩しやすいのもまた事実だ。
同校の一年生、井田伸生も、先日から風邪をこじらせ、週の頭から二日間学校を休んでいたのだった。久しぶりの学校生活を満喫し階段を降りる井田を、後ろから呼び止める声がある。
「おーい、井田あ。ちょっと待て!。」親友の荒木貴である。
「? 貴ちゃん、どうしたの。」
「いや、実はさ、これから劇の練習なんだ。ホラ、文化祭の。衣装合わせだけでもいいから、ちょっと来てくれよ。」
「衣装だけでもって、じゃあ、もう、役は…。」
「ああ、そうか。そん時もいなかったんだ。もう役は決まってんだよ。きっと驚くぜ。」
「何それ、いったいどんな役なの?」
「お前にピッタリの役。とにかく、衣装着てみろよ。」たくらむような笑い方をしながら、荒木は井田の腕を引っ張って行く。イヤ〜な予感を抱きながらも、井田は大人しくついていった。
荒木について来させられた先は、体育館だった。中から何か台詞めいたものが聞こえてくる。そのまま中に入るのかと思いきや、荒木は急に向きを変え、用具室に連れ込まれた。
そのまま何やらゴソゴソと棚を探している。
「おっ、あったあった。じゃあ、これ、着替えて。」そう言って手渡された袋の中には、見るからに女物の服が入っていた。
「ちょっと、もしかして、女の子の役なの。」
「そう、囚われのお姫様の役。ヒロインだよ。すごいだろ。」
「そんなの、女の子にやらせればよかったじゃない。そりゃおかしいよ、僕が姫だなんて。」
「いや、ピッタリだって。女の子にも君以上にかわいい子なんていないよ。大丈夫、だいじょうぶ....」そう言いながら荒木は部屋を出ると、バタムと扉を閉めてしまった。
仕方ない。井田は長い溜め息をつくと、靴から衣服を脱ぎ始めた。
「ちゃんと下着もね〜。」荒木の笑いの混じった声。
(え、下着もあるのかよ。)井田は又溜め息を吐くと、もうどうとでもなれ、と着替えを開始した。