カオルA-1
夕方。部屋に現れた薫は、洋服タンスを開けた。
「これ、良い…」
手には、ハンガーにかかった水色のワンピース。大きく開いた胸元に、白いフリルのふち取りが可愛らしい。
薫は、ワンピースを身体に当てて、姿見の鏡の前に立つ──頬を上気させて。
その時、部屋の扉が無造作に開いた。
「また…」
現れたのは、姉の真由美だった。
「薫。わたしが居ない時に、部屋に入らないでって云ったじゃない」
少し怒っている姉の様子に、薫は俯いたままだ。
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
しょげ返る弟に、真由美はため息を吐く──哀れみの眼で。
「すぐしまうから」
慌てて服を戻そうとする薫。しかし、真由美の声がそれを遮った。
「いいわよ」
「……?」
「それよりも、それ。着て見せてよ」
一転、微笑む真由美。その表情に、薫も自然と笑みになる。
「い、いいの?」
「いいわよ」
姉の許可を得て、服を着替える。男の子らしいショート・カットに、女の子のような大きな瞳。
「どう?」
ワンピースを身に着けた薫が、真由美の方を向いた。
「薫。すっごく似合ってる」
思わず感嘆の声が漏れた。
少女のような顔立ちに、少年の華奢さ。それは一種、中性的な美しさを思わせた。
「薫。これもつけよっか?」
そう云うと真由美は、カバンから何やら取り出す。
淡いピンクのリップスティック。濡れた艶が、口唇を際立たせる。
「綺麗だよ薫。わたしより、女の子みたい」
「ありがとう。お姉ちゃん…」
鏡に映る自分の姿を、はにかむ表情でジッと見つめる薫。そんな弟を見て、真由美の心は冷めていく。
(可哀想な子…)
その眼は、健常者が身体の不自由な人を見た時のような、余計さを湛えていた。