カオルA-8
翌朝。
ジャージ姿の真由美と、見送る須美江の姿があった。
「ほら、これ…」
昨日、渡し損ねた雑巾。
「あっ!いっけない」
真由美は受け取ると、慌ててリュックにねじ込む。
「じゃあ、明後日の夕方には帰るから」
そう云った真由美は、母親の様子が変なのを感じた。
「どうしたの?そんな暗い顔して」
「……」
「お母さんッ!」
「えっ?あ、は、はい」
「どうしちゃったの?」
「な、何でもないのよ」
「本当に?」
しつこく疑う真由美に、須美江は作り笑顔で応える。
「本当に何でもないの」
「まあいいわ。じゃあ、行ってきますッ」
「気をつけてね」
真由美は、荷物で膨れたリュックをからうと、玄関を後にした。
ドアが閉じる音。
「はあ…」
ため息が漏れる。眉根に刻まれた深いシワが、深刻さを表していた。
衝撃的な光景を見た須美江は、まんじりとも出来ずに朝をむかえていた。
(どうしたら…)
いっそ、晋也に云ってしまおうかとも思ったが、何とか思い止まった。
事態を大きくしたくなかったからだ。
それに、
(薫が女の子の格好をするのは、着せ替え人形みたいなモノよ…そうよ。きっとそうだわ。それに真由美だって思春期の多感な時期だし…)
一晩考えてるうちに、ねじれた解釈で、子供たちは正常だと思い込もうとしていた。
(大丈夫。きっと大丈夫よ…)
自分に云い聞かせる須美江。洗面所に行くと、鏡を覗き込む。
「なんて顔なの…」
苦悩のシワ。須美江は口許に力を入れて笑顔を作った。
「よし、これで」
いつもと変わらぬ笑顔。そのまま、階段を駆け上がる。
「薫。カ、オ、ルッ!」
勢いよくドアを開けると、部屋のカーテンを引いた。
「えっ?お母さん…」
寝ぼけ眼の薫。
「もう9時過ぎよ!お姉ちゃんはとっくに行ったわよッ」
「う…うん…分かった」
もぞもぞと、ベッドから這い出た。
「お母さん、ごはんの順調してるから」
「うん…」
須美江は部屋を出た。階段を降りながら、またため息を吐いた。
「カオル」A完