カオルA-5
それから、しばらく経ったある日。
「えっ、と。下着に…シャツにタオル3枚、それから…」
居間。リュックに荷物を詰める真由美の前には、須美江が座っている。
「本当に大丈夫?」
不安気な声に、真由美は明るく返す。
「大丈夫だって。たかが2泊3日じゃないッ」
そこに、晋也が現れた。
「そういう意味じゃなくて、何かヘマをやらかさないか。って意味だろう」
「ひどッ!それじゃわたしが、いつも失敗してるみたいじゃないッ」
そんな真由美に対して、晋也も須美江もニヤニヤ笑ってる。
「そんな事云ったって。幼稚園じゃ、遠足に行って居なくなるし。お遊戯いやだって帰ってきちゃうし…」
「小学校じゃ、男の子を殴ったって、しょっちゅう呼び出されたしなあ」
「ぐっ…」
両親の思い出話に、口ごもる真由美。
「はいはい、分かりましたよッ、勉強だけやってくるわよ」
むくれた娘の顔に、晋也も須美江も声を挙げて笑った。
塾の合宿授業。毎年5月の連休を利用して泊まり込みで行われるのだが、初めての参加とあって、両親が少し心配気味なのだ。
中学3年の真由美にとっては、人生を決める初の試みが冬に待っている。両親には云っていないが、彼女なりに進路は決めていた。
「…よしっ、後はテキストにノートだけね」
真由美は居間を後にすると、自室へと向かった。
部屋に入ろうとしたところ、隣から薫が現れた。
「ん?どうしたの」
「あのさ、お姉ちゃん…」
「だから何?」
「合宿。いつ戻るの?」
「え…と。3日だけど…!」
真由美は、一気に顔を強張らせる。
「ちょっとッ、こっち来なさい」
そう云うと、薫の手を取って自室に押し込んだ。
「アンタが何考えてるか分かるけど、止めときなさいッ」
「ど、どうして?」
「もし、お母さんが上がって来たらどうすんのよ!?」
──アンタが異常だってバレるのよ!
険しい顔の真由美は、やがて落ち着きを取り戻した。
「だったらさ。今にしない?」
「えっ?」
「今なら良いでしょ。だから、わたしが帰って来るまでダメよ」
薫は、素直に喜べ無かった。女装イコール女性になるではない──心の欲求と伴ってこそ、女の子なのだ。
しかし、今の彼には、姉に従うしか無かった。