カオルA-3
「ほら、あっち向いて」
薫は、鏡に映った自らの姿に驚く。
「これが…ボク?」
正面や背面を見る度に、スカートがひらひらとなびいた。
それが嬉しいのだろう。薫は何度も何度も、繰り返す。
そんな弟の姿を、最初はにこやかに眺めていた真由美だが、
「あの、薫…」
やがて、真顔になった。
「なあに?お姉ちゃん」
「そろそろさ。着替えてくれる?」
「ええっ!もう?」
「わたしもさ。そろそろ出かけなくちゃ」
姉が居なくなるのなら仕方ない。薫はしぶしぶスカートを脱ぎだした。
「薫。こっち向いて」
真由美がティッシュで薫の口許を拭うと、元どおりの男の子になった。
「あのね薫」
少しキツイ口調。薫は思わず身構える。
「な、なに?」
「わたし以外に、このこと知ってる人いる?」
真由美の質問に、薫はただ、首を横に振った。
「だったら、わたしが居ない時にスカート履いたり、人に話しちゃダメだよ」
「どうして?」
「どうしてって、薫は男の子なんだよッ。男の子がスカートなんか履いちゃダメなのッ」
真由美のあまりの剣幕に、薫は頷くしかなかった。
「それじゃあ、わたし行くから」
「うん。行ってらっしゃい…」
「それと口許。洗いなさいよ、まだ口紅残ってるから」
「うん…」
これが最初の出来事だった。
それからは、週に一度、服を着替える薫を見守ってきた真由美。
最初は好奇心が心を支配していたが、やがて、どんどんどんどん、後悔と哀れさが心を苛んだ。
(あの時、無理にでも辞めさせるべきだった…)
今日もまた、真由美は後悔していた。
「どう、満足した?」
鏡を見つめる薫の背中に声がかかる。
「う、うん」
薫は、なごり惜しそうにワンピースを脱いだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。これ、すぐに洗うから」
「それくらい、いいわよ」
真由美はワンピースを受け取り、元に戻す。
「口許を拭くのよ」
「うん…」
寂しそうな横顔。真由美はつい、慰めたいと思ってしまった。