to Heart〜I LOVE YOU-1
パタンッ―――。
会議室の中に部長を残し、私は静かにドアを閉めた。
その瞬間、頬をつたう幾すじもの涙に気が付いた。
前にも何度か話はあった、人事異動――。
私が勤めるのは、書籍出版社の企画広報部。
女性向けの癒しの絵本を作りたくて、入社してから5年ずっとがんばってきた……。
『主任として総務部へ』
他の人からすれば、悪い話ではないのだろう……でも、やりたいことを取り上げられた私には、絶望以外のなにものでもない。
『来週明けには辞令が出るから……』
最後まで部長はがんばってくれたみたいだけど、副社長の人事権行使ではどうにもならなかったそうだ。
トイレで腫れた目をハンカチで冷やす。もう、7時過ぎてるから、会社にほとんど人は残っていないだろう…。
部署に戻ると何人か残業中だったけど、顔を見せないよーに足早に片付けして更衣室へ消えた。
「…ふぇぇ…ん」
溢れてくる涙をこらえながら、ケンボーに電話する。
そーいえば今日は出張って言ってたっけ…。切ろうとした瞬間、声が聞こえた。
『もしもし?』
途端に涙が溢れてきた。
「……ケンボー、ごめっ…今日…出張…って…」
涙声でなかなかうまく話せない。
『……!!8時にはそっちに着くから!!一人で8時までいるのつらかったら、片瀬たち呼んで、【シエスタ】で待ってろ。わかったか?』
私の異変に気が付いて、ケンボーは何も聞かずにそう言ってくれた。
「……わかった。」
【シエスタ】に着くまで、ほとんど覚えていない。
亜由美が先に来ていてくれて、亜由美が呼んだのかケンボーが呼んだのか、安部ちゃんと柊ちゃんも来てくれてた。やっぱ持つべきものは友達って実感した。
総務部の仕事なんて、私じゃなくても誰でも出来るはず……。でも今の仕事は私がやらなければ、どうなってしまうんだろう?
事の一部始終を話終えて、少し気持ちが落ち着いてきた。
「北川がどうしてもイヤなら、辞めて違う出版社に転職してもいーんじゃないのか?」
安部ちゃんが優しく頭を撫でてくれる。
「俺だったら嬉しいけどなぁ…。」
柊ちゃんはイマイチ納得がいかない顔。亜由美にゲンコツをもらってる。
「千優希っ!どうしたっ!?」
ケンボーがスーツ姿のまま、駆け込んできた。
崩れたネクタイと、切らした息、流れる汗が、どれだけ急いできてくれたかを物語ってる。
話終えて―――ケンボーの口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「……おまえ、何甘えてんだよ。」
「…えっ?」
ケンボーの冷ややかな声に、びっくりしてみんな固まってしまった。