やっぱすっきゃねん!VN-1
夕闇が迫る頃、ようやく佳代は自宅に帰り着いた。
「すっかり遅くなっちゃったな」
庭のわずかなスペースに自転車を押し込む間、頭の中に浮かんだのは、先ほどまで部室で繰り広げられた違和感の残る光景だった。
(あんなに云われるなんて…)
試合中のミスを名指しで挙げられ、どう対策すべきかをレギュラー全員で考える──ヘタをすればチーム崩壊を招きかねない行為。
高校野球では当たり前ともいえる事なのだが、初めて体験した佳代にとって“意識をひとつにする”ためのプロセスは息苦しいモノに感じられた。
(みんな、必死なんだ)
しかし、分かっていた。
その先にある、大きな喜びを得るためには不可欠なことなのだと。
「わたしは精一杯やるだけだ…」
佳代は思い浮かんだ言葉をポツリと呟くと、自転車にある荷物を勢いよく掴んで、
「ただいま〜ッ!」
とびっきりの声を玄関中に響かせる。
「姉ちゃん、ずいぶん遅かったじゃないか!」
すぐにリビングの扉が開き、ドタドタと弟の修が現れた。
帰りの遅い姉を心配してか、その顔は、いつにも増してにこやかだ。
「ミーティングが長引いちゃってさ、お腹ペコペコ」
佳代も、先ほどまでの心境を悟られまいとにっこり笑ってる。
──チームプレイに私欲は無用。ただ勝つために気持ちを一つにすること。
ペシミスティックな考えを断ち切って明るく振る舞う。玄関に足を掛けた時、今度はキッチンから母親の加奈が現れた。
「おかえり。5回の攻撃までは結構、危なかったんだって?」
どうやら、先に帰っていた修が試合の一部始終を話していたようだ。
佳代は、笑みを湛えたまま頷く。
「わたしはそう思わなかったけど、あそこで流れが変わったのは確かだね」
「どうする?夕食まで、もうちょっと掛かるけど」
「だったら先にお風呂入るよ。ユニフォームとか洗うから」
そう答えて玄関を上がると、傍に居た修の横を過ぎて階段を登りだした。
「ち、ちょっと待ってよッ」
修は途端に後ろを振り返り、姉の後を追い掛ける。そんな2人の行動に、加奈は目を細めていた。