やっぱすっきゃねん!VN-13
マウンドに立った佳代。
(良い時の事を考えるんだ…)
プレートから6歩半の位置に窪みを作りながら、頭の中では、調子の良かった春先のピッチングを反芻させる。
──イメージ・トレーニング。
以前、調子が最悪の時、藤野一哉に教わった。
おかげで、最近は少しずつイメージに近づいていた。
足元を均し終えて、プレートに足を揃える。顔を上げると、18.44m先で達也がミットを構えている。
(軸足とリリースに注意して…)
佳代は、10球の投球練習中9球までをブルペン同様に、チェックにあてた。
「ラストッ!」
返球を受け取ると、滑り止めのロージンを指先にだけ付けて、セットに構える──いつもの構え。
佳代は、いつもの素早いモーションからミット目掛けて左腕を振る。そのリリースの瞬間、彼女は不思議な感覚を覚えた。
(何、これ…?)
それは達也も同じだった。
ボール自体は低目に外れたが、キレと伸びが今まで以上のモノだったのだ。
セカンドへ送球すると、達也の目に、ジッと掌を見つめる佳代の姿があった。
彼はマウンドへ駆け寄った。
「どうしたんだ?」
佳代は困ったような顔をしていた。
「それが…最後の1球…」
「1球?」
「身体に、全く力が入ってなくて…指先にだけ、ちょっと感じて」
まとまらない言葉を吐き出す。そんな佳代に達也は頷いた。
「オレも最後の1球には驚いた」
「えっ?」
「あんなスピンのかかったボール、初めて見た。投げたと思ったら、目の前だった」
達也を見る佳代の目は、信じられないと云った様子だ。
「体重移動に軸足の蹴りだし。全て良かったとオレには見えた」
達也は笑みを作ると、佳代の肩をポンと叩いた。
「とりあえず1回づつ、1つづつアウトを取っていこう」
そう云ってマウンドを後にする達也。ひとり残された佳代は、まだ不安の中にいた。
(どうやって投げたかも分からないのに…)
左打席に1番バッターが入った。スパイクで窪みを作って足元を固めると、バットをひと握り余らせて構えている。
「プレイッ!」
球審が右手を指差す。1回裏の開始だ。