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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-3

学級委員の号令に合わせ、立ち上がり、一礼して、着席。HRが始まる。
僕は教室の後ろからクラスメイトたちの背中を見回しながら、誰にテスト用紙を売り付けるべきかを考えてみた。

条件としては、この手の不正に対して忌避感がない奴。バイトなんかをしていて、お金に余裕があると尚更良い。さらには口が固く、成績が悪い――あるいは成績を上げることに執着している奴といったところだろうか。この話を持ちかけたこと自体で教師に告げ口される危険性を考慮すれば、手当たり次第に声をかけるわけにもいかない。相手は慎重に選ばなくてはいけないだろう。もっとも、明日からはもう連休なのだ。のんびりとしている暇はない。休み明けの月曜からは試験が始まるのだから、商談は今日中に成立させなければならなかった。

そう考えてみると、これが、なかなか難しい。
野球部の石岡――。浅黒く日焼けした坊主頭という、お定まりの野球部員だが、その体格を構成する割合は筋肉が多いのか脂肪が多いのか、微妙に判断しかねる体付きをしている。補習の常連で、オーストラリアの首都を聞かれたら平気でシドニーと答えそうな頭をしてはいるが、どうにも口が軽そうなのが問題だ。野球部員たちはやけに横のつながりが強いという印象を僕は感じていた。上下関係の厳しい部活では自然と同学年での結束が密になるのだろう。狙うなら、もっと交遊関係の少なそうな奴がいいかもしれない。

帰宅部の菊地――。彼も成績は芳しくないはずだ。いくぶん世を拗ねたような疲れた顔をしていてはいるが、融通の効かない気難しさのようなものが窺える奴だ。友人は多そうには見えないけれど、簡単に信用はできないかもしれない。ただ断られるだけならいいが、密告されるのだけは避けたい。

同じく帰宅部の田中――。成績の良し悪しは、見た目だけで想像がつく。だらしなく着崩した制服に、軽薄なアイドルタレントのような風貌。愛想の代わりに居丈高な態度を付けたような――問題外じゃないか。

出席を取り終えたあと、来週から始まるテストに向けて気を引き締めて授業を受けるように、とかまあそんなことを、やる気のない口調で教師は告げて、そそくさと退室していった。

騒がしくなった教室を見渡して、僕は改めて疑問に思った。たかが学期末テストじゃないか。リスクを負って、おまけに金まで払って、誰がその点数に固執するというのだろう。一年生の内から内申を気にしている奴なんていうのは、今さら不正に頼るまでもなく勉強なんてしているものだ。

――本当に売れるのか? これ。
鞄を少しだけ開け、その存在を確認する。三教科分のテスト用紙がそれぞれ二十枚ずつ。まるで自分の落書きをゴッホやダリの絵画に挟まれながら露店に並べるような情けない気持ちになってしまう。つまり価値があると思っているのは自分だけで、他人とってはただの紙切れなのかもしれない。

授業の開始を告げるチャイムが鳴り、その余韻が消えきる前に教師が入ってきた。
次の休み時間には買い手の目星を付け、昼までにはとにかく話をしてみよう。いっそ石岡でも菊地でもいい。最初は軽い冗談のような雰囲気で。脈があると踏んだら、さらに一歩。なるようになるしかない。

数学の授業が始まった。商売のことは取り敢えず頭から追い払った。僕にしても、安全牌である三教科以外は本気で取り組まないわけにはいかなかった。

情熱はないが必要最低限の熱意を込めた教師の声と、四十本のシャーペンが出すかりかりという音だけが教室に響いた。そのうちの何人かはまったく関係のない教科を勉強していたが、教師も別に咎めたりはしない。そういう役割であることを彼は知っているのだ。


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