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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-23

「おはよう」と彼女は言った。
「ああ、おはよう」と僕も言う。
「今日で最後だね。これも」
「挨拶するのが?」
「これからもしたければ、すればいいよ。返す保証はできないけれど。まあ、そうじゃなくて。この、ゲームが」
「ああ、うん、終わりだね」
「ホッとしてるの?」
「どうして?」
「前に言ったじゃない。君さ、こういうこと、向いてないと思うから」
耳にかかった髪を指先で弄びながら、彼女は言う。
「もっと真面目そうに見えるという意味?」と僕は訊いた。
「どうかな。真面目というより、気が小さそう」
「そう見えるのかな。これでも、割りと楽しんでる。そりゃあ大好きってわけでもないけれど、何だろう、繊細な料理にスパイスをかけるみたいな、そういうこと」
「繊細な料理?」
「いや、まあ、何でも構わないけどね」
「ぶち壊すのが、好きなんだ」と彼女は薄く笑った。
「え?」
「君が好きなのはさ、お金を稼ぐことでも、スリルを楽しむことでもない。誰かが作った規律や道徳を、壊されたと気が付かないうちに壊してやるのが、好きなんだ。真っ向から敵対するんじゃなくて、裏に回って嘲笑ってやるのが、スマートな遣り口だって、そう思ってる?」

僕という人間の仕様書を読み上げるような口調で、彼女は言った。
そうなのだろうか。僕自身の概要なんて、僕にだって分からない。自分自身を理解するのは、他の誰かを理解するより難しい。他人と違って自分には、認めたくない姿というものがあるから。誰にでも、目を反らしている自分の側面というものがあって、その変化にさえ気付きにくいのが、一番近くにいる自分自身なのだから。

「言われてみれば、うん、そうかもしれない」僕は頷いた。
「シノってさあ――」と彼女は言った。名字だけれど、彼女に名前で呼ばれたのは、これが初めてだろうか。日下部沙耶の発する志野という名前は、"志"にアクセントを付けているせいか、随分と新鮮な響きに聞こえた。

「私のこと、冷たい奴、だとか思ってるかもしれないけれど」
「うん?」
「あんたのほうが、多分、ずっと冷たい人間だと思う――」

彼女はそう告げる。それは恐らく、心の何処かで、僕も思っていたことなのだろう。だから否定することは、できなかった。

「嫌な奴って意味?」
「どうかな。冷たいってのはさ、中途半端に温かいのより、ずっと綺麗なことだと思うんだよね」
思いがけない、価値観の共有。
「でもまあ、他の奴にとっては、嫌な奴かもしれないよね。好かれてはいないと思うよ、君はさ。そう感じたことは?」と彼女は訊いた。
「自分が人から好かれてるかどうかなんて、気にしても仕方がないと思う。自分がその全員を好きなら、話は別だけど」
「でも普通はさ、違うみたいだよ?」
「そう?」
「いつだって誰かに嫌われないかってビクビクしてる。相対主義って言うのかな。まあ、馬鹿にしてるわけじゃないけれど。最大公約数が正しい、みたいな価値観があるのは、確かだよね。自分が嫌な奴だって、素直に自覚できれば、変なプライドなんて捨てて楽に生きられるのに」

もしかすると、わざと周りに聞こえるように言っているのだろうか。彼女の声は南極の真夜中に吹く風のように流れていく。


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