凪いだ海に落とした魔法は 2話-2
学校に着くと、校門前で原口と鉢合わせした。朝から血色のいい顔をしていて、エネルギー満タンという風情だった。寝不足で頭に重石を乗せたような状態の僕とは正反対だ。羨ましい。
「おお、志野。眠そうだね。朝っぱらから辛気臭い面してさ」
朝っぱらからアッパーな感じで原口は言った。元気なのはいいことだが、チューイングガムを貰うような気軽さで「ちょっと分けてくれよ」と言うわけにもいかない。明るい人を見たから明るい気分になれるほど単純ではないし、元から陽気な性分でもないのだから、貰ったところで扱いに困るというものだ。
「眠いよ。十二月の熊みたいに眠い」と僕は目尻を擦りながら応えた。
「それでもちゃんと朝から登校か。珍しい。サボり癖は治ったのかな」
「まあ、テスト前だしね。冬の熊だって腹ペコのまま冬眠するわけにはいかない」
「徹夜で勉強してたのか? 随分とまあヤル気じゃない」
沢崎拓也の家でビールを飲んでいたんだ。などと言うわけにもいかず、「まあ、少しね」と答えを濁らせた。
人いきれに紛れてだらだらと歩き、下駄箱で靴を履き替える。その間に僕は考えていた。この鞄の中に入った期末テストの問題用紙を見せたら、原口はどんな反応を示すのだろう。
「なあ、原口」
「何さ。――ああ、クソ。体操着忘れちったよ」
「お前、もしもテストの問題が事前に分かるとしたら、金払ってでも知りたいと思うか?」
原口は同じクラスの生徒が体操着袋を抱えているのを見て悔しそうに舌打ちしたあと、口をヘの字にして僕を見詰める。おかしなことを言う奴だという顔をしていたし、実際におかしなことを言っている自覚はあった。
「それってセンター試験や大学受験とかの話?」
「だとしたら?」
「う〜ん。そりゃまあ、値段にもよるけど、知りたいよね。お金で解決するなら解決したいさ。一年間みっちり勉強する労力を考えたらね」
「じゃあ、今回の期末テストなら?」
鼻で小さく笑ったあと、彼は両肩をひょいと上げて見せた。
「論外。推薦入試とか今から考えているわけでもないし。小遣い削ってまで点数なんて欲しくないよ。普通に一夜漬けして、赤点取らない程度の出来なら俺は満足だもの。志野と違って出席日数は足りてるしな。あ、でも五百円くらいだったら知りたいかも」
まあそんなもんだろうな、と僕は思った。所詮、年に六回もある定期考査の内の一回なのだ。点数が低いからといって進学ができなくなるわけでもない。高校生の少ない金銭を有効に活用する機会など、他にいくらでもあるだろう。デート資金にするとか、部活帰りにラーメンを食べるとか、あるいはバイクを買うために貯金するとか。
「何でそんなこと訊くの?」
「別に。徹夜するのが嫌だから、誰かがこっそり問題を教えてくれたらいいなとか、愚にも付かないことを考えただけ。寝不足で頭回ってないんだ」
僕はそう言って人差し指をこめかみの横でくるくる回した。
「ほら見ろ。珍しく勉強なんてするから馬鹿になった」
しっしっと原口は紙を摩擦するような音を漏らして笑う。
「黙れ。言っとくが、体操着は貸さないなからな。お前汗っかきだから」
「友達甲斐のない奴だ」
さてどうしたものかと、僕は密かに嘆息する。鞄の中の問題用紙がずっしりと重みを増したような気がした。