投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 34 凪いだ海に落とした魔法は 36 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

凪いだ海に落とした魔法は 2話-14

――土曜日。その日の沢崎拓也はは特に予定もなく、朝から離れにある自室にこもっていた。昼近くに起きたあと、ウェイト式の器具を使って筋肉をいじめて、シャワーを浴びる。野菜とフルーツだけの朝食兼昼食を終えてから、読みかけの古い詩集を開いた。何かをやるべき義務もなければ、行くべき場所もない。それなのに外は嫌味なほど晴れ渡っている。抵抗するわけではないが、こうなったら意地でも外出するものかと昼寝の体勢をとったとき、携帯電話が鳴った。いつだって空気を読まないのタイミングで鳴るが、電話というやつなのだ。その相手が女ならば尚更である。

『やっほ。今どこ?』
「家」素っ気なく沢崎が言う。

先日、彼がこの部屋に呼んでいだ女とは異なり、今電話をしているのは“おべっか”を使う必要のない相手だった。沢崎拓也の人間性を知りながら、それでも距離を置こうとしない珍しい人種である。

『ああ、やっぱり家にいた。こんなにいい天気だからね』

出し抜けに軽い嫌味を言われて、沢崎は早速電話を切りたくなった。完全に嫌味のないものが、今の世の中にあるのだろうか。自分の存在でさえ何かしらのアイロニーではないかと、最近は疑い始めている。

「いい天気って言うけどよ、そんなの人それぞれだろ」と沢崎は反論した。
『曇り空が好きな人もいる?』
「そう。今日は俺にとっちゃ悪い天気だ。だから部屋にいる。夜になったら太陽も雲もクソもないから、それまでは部屋にいる」

彼なりに忠告したつもりだ。昼間から下らない用事で俺に靴を履かせるんじゃないぞ、と。この女からの電話は盛り付けのグリーンピースみたいに余計なものが付いてくる、ということを経験から学んでいたのだ。何の取捨選択もなしにこういう電波まで拾ってしまう辺りも、本当に空気の読めないのが電話という機器らしい。

『そういう習性はさ、よくないと思うね』
「習性?」
『夜にならないと外に出ない習性。そのうち日光を浴びただけで体が崩れるようになるよ』
「まさか」

沢崎は笑ったが、受話器から漏れた嘆息は、彼女が真剣だということを教えてくれた。もちろん、本気で沢崎の体が吸血鬼みたいになることが心配なのではなく、出無精の少年を気にかける老婆心というやつだろう。余計なお世話、と変換してもいい。

「まあいいや。それで、何か用事?」と彼は訊いた。訊くまでもない。用事もないのに電話をかけてくる相手ではないことは分かっていた。これ以上、自分の生活習慣にケチを付けて欲しくなかったので、話を変えたに過ぎない。

『暇なんでしょ? 映画でも行こうよ。割引チケットが手に入ったんだよね〜』

やや語尾の高ぶる、舌にもつれそうな甘えた声が沢崎の鼓膜にまとわりついた。媚びた声で、沢崎の嫌いな音だ。普段はこんな喋り方をする奴じゃないのにな、と沢崎は思う。猫を被るのも大変そうだ。無論、今の状態が素であることを彼は知っている。

「あのな、その映画を観た分だけ俺の一日の時間が割引きされるわけ。映画一本分の時間がね。映画なんざテレビで放送してるとき鼻クソほじりながら観るもんだ。休日の昼間に金を払って観るようなもんじゃない」

沢崎は読みかけの詩集をテーブルに置き、代わりにマルボロのソフトパックを手に取った。確認すると、残り一本しか入っていない。残念なことに、外出する口実はあるようだった。


凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 34 凪いだ海に落とした魔法は 36 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前