アイヲクダサイ-1
川端恵理奈（かわばたえりな）が眼を醒ますと、そこには真っ白な空間が拡がっていた。そして、すぐにここは病院だと認識出来た。
上半身を起こそうとするが、全身に激痛が走る。特に脚に掛かる痛みが想像を絶していた。ある程度の痛みはしょうがないと恵理奈自身わかっていた。だが、痛みはそれを越えていた。よく雷に打たれたような痛さなどという比喩を使われるが、それが比喩ではないと瞬間的に理解した。
そして、そのままベッドに倒れこむ。恵理奈の整った顔がたちまち歪む。悔しさと辛さと――――。涙が一粒、また、一粒と流れる。
声を押し殺して泣くしか彼女には出来なかった。様々な想いが一気に駆け巡る。それは走馬灯のように思えた。
※※※
恵理奈は幼い頃からプロのダンサーになりたかった。それはマイケルジャクソンのような、あるいは、マドンナのような。
だから、バレエに励み、舞踊を習い、ブレイクダンスを倣った。そして、夢を実現するための切符を手にした。
ダンス発表会。幼稚なネーミングだが、昔のテレビのスター誕生！ のようにダンスを発表し、事務所がそこでスカウトの合否を決めるようなものだった。恵理奈もそれに挑戦することを許されたのだ。
だが、夢は夢のままで終わってしまった。会場である会館の入り口で受付をしていた時だった。車が恵理奈の方へ突進してきたのだ。そして、轢かれ、跳ねられた。そこで恵理奈は夢が終わりを告げていると悟った。
※※※
男はその様子を眺めていた。女性が車に轢かれる一部始終を、だ。
男にとってそれは見慣れた光景。死は男にとって当たり前の風景。だから、男は死神と称されていた。
全身を闇を纏ったような真っ黒のコートを着ていた。そして、フードを被り目線は相手からは見えない。それが恐怖を植え付ける一因にもなっていた。
『必然か、偶然か』
男は詩的な表現を好んで使っていた。というよりも日本語の表現が好きだというべきだろうか。
約八十ヵ国の国が英語を使用しているがそれでも日本語が好きだった。日本語独特の表現の仕方が心を打たれたのだ。特に『雨』という言葉は男は驚いた。英語で『雨』はただrainと表記する。だが、日本語では『雨』を表すのは一つだけではない。状態によって変わるのだ。『時雨』、『秋雨』、『梅雨』、『春雨』等々数えきれない。
そして、更に驚いたのが、言語の扱い方だ。英語で訛りはあるもののそこからさらに詳細化は出来ない。しかし、日本語は出来るのだ。ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字、という風に。世界を探しても、おそらくいくつも言葉を使う国は多くない。むしろ少数派だろう。だから、男は気に入っていた。
一つため息を漏らす。つまらない事があったわけではない。ただ、なんとなく漏らしただけ。そう言い聞かせるように男は眼を閉じた。