アイヲクダサイ-2
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男の姿は病室にあった。誰にも見られることなく、誰にも認識されることなく、川端恵理奈の病室に居た。ベッドの近くに立ち、大きな鎌を構えそのまま振り抜き、首を刎(は)ねるつもり。だった。だが、それは出来なかった。
恵理奈が泣いていたのだ。子どもが泣くみたいにわんわんと声をあげて――――。頬には涙の跡が残り、そこをまた新たな涙が流れいく。はからずも美しいと男は思ってしまった。
死神は元々死んだ人間が昇華して成るもの。そこに感情が潜むのはごく自然なことなのだ。だが、男は感情を殺してきた。そうでなければ、死を体感し、痛感するたびに涙が止まらなくなると知っていたからだ。
だから、驚愕した。男自身に残っていた感情と恵理奈が溢していた涙に――――。
男の中にふつふつと沸き上がる何かがあった。それが何かはわからない。ただ、抑えきれなかった。彼女の、川端恵理奈の涙を止めたい、と思ってしまった。
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草木も眠る時間帯。それが丑三つ時だった。
男は森の中に居た。恵理奈の涙がどうやったら止むのかはわからない。それでも何かをしたかった。だから、花を贈る事にした。
小さく黄色い花が咲いている。いや、それは花と言えるほど立派なものではない。雑草、それと大差がないものだった。それでも男はこれを贈ろうと決めた。小さいからこそ想いが伝わりやすくなる、と読んだことがあったからだ。
だから、花を摘んだ。しかし、男の手の中で枯れる。もう一回。でも、枯れた。何度も何度も繰り返した。それでも枯れていく。
『どうしてだ?』
男はわからなかった。ただあの女性に、恵理奈に花を渡したいだけなのに、花はすぐ枯れる。それがわからない。
花が枯れる原因が理解できた頃には、男の傍に黄色い枯れた花がつみあがっていた。
男が死神だから。それが原因だった。死神は万物の死を司る神。触れる物はすぐに息絶えてしまう。それは花も例外ではない。
花は枯れる。男の手の中で枯れ、命が終(つい)える。
男は泣く。どうして死神になったのだろう。
男は望んで死神になった。理由は無かった。なんとなく。だが、今日こそ死神を恨んだ日はなかった。今日こそ憎んだ日はなかった。今日こそ自分を殺したいと思った日はなかった。今日こそ――――。
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男の姿は、川端恵理奈の病室にあった。時刻はもう昼前。だが、それしか昨日と違わなかった。
恵理奈は昨日の同じく泣いている。涙は枯れない。永遠に湧き続ける泉のようにとめどなくこぼれる。
男は恵理奈の足下にそっと小さな黄色い花を置いた。枯れている。男にとってそれが精一杯だった。
恵理奈に影響されるように男も泣いた。ただ、涙を一粒こぼすだけ。それでも、想いが溢れる。溢れだす。
その涙が地面に落ちたと同時に男の肉体が淡く光った。そして、砂塵が舞い上がるように少しずつ男は消滅していく。
愛を知ってしまったから。恋をしてしまったから。恋を覚えてしまったから。愛を抱いてしまったから。
何も出来ない自分を、許してほしかった。消えていくなか、男は神に祈るように呟いた。
『誰か、愛をください』
『彼女に渡せるような綺麗な愛を――――』
黄色い花はもう枯れていなかった。