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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 1話-9

――沢崎が初めて僕を家に呼んだのは、そんな日々を十日も過ごした頃のことだった。

――沢崎拓也は、閉ざされた瞼の下で記憶を辿っていた。自分が初めて女を抱いた一時の回想だ。深い湖の底からしゃぼん玉のように頭をもたげてくる過去がある。映像、感触、音声、感情。浮上してくる記憶の断片を掴もうとして、彼は少しだけ、驚いた。想い出の湖底から浮かび上がってきたそれらは、時の地層に埋没している間に随分と鮮度を損ねてしまったらしい。摩耗したフィルムのように劣化した記憶を、彼はさしたる感傷もなく再生している。

――まあ、後生大事に取って置いたところでね。

別段、価値のある体験でもなかったと沢崎は思っている。本来ならば琥珀の中に閉じ込めて置きたくなるような畢生の想い出なのだろう。嬰児の時分より十数年振りに手にした乳房の触感や、すすり泣くような甘い声。「何だ、こんなもんかよ」と白けた感想をくれた膣の熱さも、色褪せたところで、惜しむ理由もない。

空虚な想い出に浸るのをやめて瞳を開く沢崎。その双眸に映る現在の光景は、脱したばかりの過去と重なるものだった。十畳間の自室。夜闇に落ちた直方体の空間。断続的に軋むベッド。

規則的に跳ね上がる白い裸体の下で横たわりながら、沢崎はおもむろに手を伸ばした。女の動きに合わせて揺れる双丘を、掬い上げるように両手で掴む。ゴムボールのように形を歪める乳房。汗ばんだ肌がしっとりと掌に吸い付く感触を堪能したあとで、ふと思い付き、柔肉の頂点に爪を立てた。

「あんっ……っっぁ?!」

一際甲高い嬌声を放ち、女の背が弓のように反り返る。次いで沢崎の胸に両肘を付き、体重を預けてきた。耳朶に絡み付くような湿った呼吸音を聞きながら、「こいつ、やっぱりこういうのが好きなのか」と沢崎は確信を得る。当初は「私がリードするの」と豪語していた女だが、実は被虐心のほうが強いらしい。

「あ、悪いね。痛かった?」

女の被虐願望に気付きながら、沢崎は素知らぬ振りをする。目の前に迫った女の顔が悪戯をされた少女のように笑った。

「んっ……もうっ。びっくり、した、じゃない」
「悪かったって。暴発しそうだったから、ついさ」

白い歯を覗かせて笑いながら、沢崎は平然と嘘をつく。膨張した男根は、果ての見えない快楽に未だ飢えていた。

「そうなの? 拓也くん、思ってたより、早いんだ」
「楽勝で終わるつもりだったんだけどな。俺、自信なくされたかも」
「ふふっ。相性がいいんじゃない? 私たち」

沢崎の"おべっか"に、女は満更でもない顔で妖しく笑う。
別にいいさ、と彼は思う。自分が年上の女であるという矜持もあるのだろうし、優越感に浸りたいなら好きなだけ浸らせてやる。別に自分に嗜虐嗜好はないのだ。仄かなマゾヒズムを隠して"年下を虐め抜く大人の女"を演じたいのなら、勝手にすればいい。要は互いに絶頂まで昇り詰めることが出来ればいいわけだ。女は気分を盛り上げることが大事らしいが、男のほうは肉体的な欲求さえ満たされれば、余程のマグロでもない限り文句はない。しかし、性行為は共同作業であるからして、受け身に回って演出を手伝ってやるのも、沢崎としてはやぶさかではなかった。それに、と沢崎は思う。


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