凪いだ海に落とした魔法は 1話-15
焼けるような夢の熱さに怖れ戦き、手を引っ込めた臆病者たちは好きなだけ笑わせておけばいい。
焦がれるような胸の渇望は、自分独りのもので構わない。
そんな風に考えていたとき、彼は志野俊輔と出会った。
時折、沢崎が物思いに耽るときに利用している、閑静な無人駅の公園がある。秘匿された自分だけのパーソナルエリア。あの日はいつもと違い、先客がいたらしい。始めは縄張りを荒らされたような気がして、少し苛付いていたが、稀有なことに、打ち解けるのに時間は必要なかった。
変な奴だったな、と沢崎は述懐する。ファーストコンタクトからして、志野俊輔は変な奴だった。
厭世的な芸術家のように世を儚んだ顔をしていて、それでもその瞳の色だけは情熱の燻りを映して輝いていた。彼自身はそれに気付いていないようだった。まるで自分がまだ生きているのを誤魔化しながら活動する偽物のゾンビのようで、沢崎は急に彼を試してみたくなった。本当に、彼は死んでいるのか否か。つまり、自分の夢に共感できるだけの"熱さ"を有しているのか否かを。
その結果を思い出し、沢崎はくっくっと喉の奥で笑う。巧妙な手品の種明かしをされて、トリックの単純さに呆然とする子供のような反応を、志野俊輔は自分に見せてくれた。
――俺の思った通り、あいつは生ける屍なんかじゃなかったな。
『まあ、それも悪くないかもな』
『ああ、別にいいけど』
投げ遣りな台詞。冷めた態度の裏側に、彼が自分と同じ熱源を隠し持っていることを、沢崎は看破していた。気怠げな表情の下で、積年の想い人に愛を告げられた生娘のように狼狽する少年がいるという真実を、第六感が囁いていた。
つまるところ、志野俊輔は自分と同じなのだ。心の中に怪物を飼っている。飼い主の背が伸びるに連れて衰弱し、大人になる頃には死んでしまう怪物だ。彼のそれは眠っていただけなのだろう。だから、自分が叩き起こしてやった。退屈を貪り、餌にする怪物を――。
初めて自分の夢を分かち合える人間に出会った喜びを、沢崎は噛み締めていた。
可愛い奴だな、あいつは、と彼は思う。少なくとも、"イッた拍子に後頭部でヘッドバットをかましてくる女"よりかは、遥かに可愛い。
――何だかんだ文句言いながら、どんな馬鹿にも付き合ってくれそうな気がするんだよなあ、あいつは。
沢崎は起き上がり、テーブルの上に無造作に投げ出された用紙の束を手に取った。ペラペラとそれを捲り、口角を歪める。
――取り敢えず、"俺たち"の夢を叶えるには金が必要だ。さて、こいつを見せたら、あいつはどんな顔を俺に見せてくれるのかね。