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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 1話-12

一方的な情熱の発散に終わった交わりは、いつものように虚無感だけを後に残していた。凛々しい顔に若干の疲労と遠慮のない気怠さを浮かべて、沢崎は煙草の箱を手に取った。以前、別の女性には、事が終わったあとですぐに煙草を吸うのはやめて欲しいと言われたことがある。果てに辿り着けば終わりと考えるのは男だけで、女のほうはアフターケアまで望むものらしい。まあ、遠足は家に帰るまでが遠足か、と沢崎は男の義務を億劫に思いながらも、寝そべったまま胸にしがみ付く女の髪を片手で優しく撫でていた。

「ねえ、さっき、何考えていたの?」突然、胸の中で女がそんなことを訊ねてきた。
「さっき?」
「私が上に乗ってるとき、拓也くん、心此処にあらずって感じだった」
「ああ、そう。夢中で感じてたからそう見えただけじゃない?」

まさか初体験の女のことを思い出そうとしていた、などと言えるはずもなく、沢崎は曖昧に笑ってみせた。

「まさか他の女のこと考えてたりして」
「あ、いいね、それ。今度試してみようかな。ダッチワイフになってよ」
「ひど〜いっ!」

お返しと言わんばかりに、女は沢崎の引き締まった腹筋に爪を立てる。冗談めかした戯れに内心うんざりしながらも、「ごめんごめん」と定式的に謝ってみせる。

そもそもこの女は、どういう立ち位置にいるつもりなのだろう。別に交際しているわけでもないのだから、心まで繋がろうとされてもこちらとしては困るわけで。
沢崎はそんなことを考えながら煙草に火を付けた。

――いや、例え付き合ってたって心までは縛られたくはなかったんだよなあ。

沢崎が童貞を捨てたのは、中学二年の春だった。相手はひとつ歳上の女子生徒で、絵に書いたようなお約束通りの図書委員だった。清楚な風貌と、それに似つかわしい振る舞い方を心得た女だった。白色の良く似合う、控え目で奢侈のない美人なのだが、何のことはない。そういう女が男受けのいいことを知っていて、あえて華美な虚飾を避けてているだけの、計算された女だった。

彼女の持つ、外見とは裏腹な奸智の高さに気付いたのは、愚かなことに別れた後だった。自分からは決して別れを切り出さず、釀す雰囲気だけで察してもらおうとする姑息な女。自分が振ってやったという優越感より、振られた女という立場を優先したほうが、次の男を捕まえ易いと踏んだのだろう。悲劇のヒロイン気取りという奴だ。案の定、別れて一月も経たない内に、彼女は隣に新しい男を連れて歩いていた。代替をすぐに見付けたという点では自分も同じであるから、その辺りは人のことは言えないなと、沢崎は自嘲する。何にせよ、女の強かさというものを初めて沢崎に教えた人でもある。
別れた後で、沢崎は彼女のことを再評価していた。実利的であるという一点において、彼女は今まで付き合ってきた女の中でも最上の部類に入る。惰性で交際を続けることなど苦痛以外の何者でもない。何となく付き合って、どちらかが飽きたらスパッと別れる。それでいい。惨めに追い掛けたり、関係の修復に無駄な時間を浪費することなど考えられなかった。

――心まで繋がっちまえば、後々が面倒なんだよな。

別れることを前提とした上での交際が常の沢崎にとって、付き合ってもいないのにわざわざ嫉妬してくる女など、正直面倒臭いの一言である。

――そうなると、あんまり気遣うのも逆に悪いのかね。

思考の海を遊泳している間に、股間に熱を感じて視線を落とす。見ると、いつの間にか女が沢崎の逸物を甘露のように舐めていた。軟体生物めいた舌が、蜜の乾いた陰茎を再び唾液で濡らしていく。

「拓也くんの、まだ元気だね」

――そりゃあ、あんた。俺はイッてなかったんだから当然でしょうよ。気付いてなかったのかこの馬鹿は。

煙草のフィルターにうっすらと血が付着しているのを見て、沢崎は段々と苛々してきた。
男一人を果てさせることもできない女に傷を付けられて、どうしてまだ俺はそいつに気を遣っているのだろう。自分は求められたから応じたまでだ。気を遣うべきなのは、むしろそっちのほうじゃないのか。


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