Island Fiction最終回-8
トウゴウは急性循環不全に陥りかけていた。
血圧低下によるショック状態だ。
肺は空気を吸って吐いてを繰り返しているものの、他の器官は活動を停止しかけている。
意識も薄れかかり、ゆっくりと死の淵を彷徨っている。
助かる見込みはないだろう。
わたしの中で急激にアドレナリンが湧き立った。
もう一度自我を奮い立たせた。
わたしの行く手を阻む障害は取り除かれた。
わたしの意志を拒むのはトリガーにかかるテンションだけになった。
「アザレア――ッ!」
向ける先を見失っていた銃口をアザレアへ突きつけた。
子供の頃からずっと一緒に過ごしてきた姉であり妹であり親友であり、それらすべてを超越した存在であるはずの彼女の一生を終わらせようとしているにも拘わらず、罪の意識による後ろめたさや後悔や無念や哀傷といった感情が湧き起こることはなかった。
わたしの中に潜む決意は驚くほど強固だ。
ところが誤算が生じた。
射撃を体感していたことが、わずかな狂いを生じさせた。
体が発砲の衝撃を拒絶して腕が萎縮した。
引き金を引く拍子に銃身がぶれた。
なかなか耳鳴りが止まなかった。
発射の反動を受け止めた感触は手に残っているし、彼女の左胸からは血が流れていた。
ところが命中させた手応えがない。
彼女は変わることなくわたしの目の前にいて、澄まし顔でわたしを見つめていた。
「白状するわ。研究はまだ未完成なの。生命の神秘みたいなことなんだけど、恒常的に報酬系が使用されると“サトリ”が常態化してしまうのよ。つまり慣れてしまうってことね。元に戻っちゃうのよ。あなたは洗脳を克服したのよ」
アザレアは至って冷静に言ってから、不意に「うぐぅ」と呻いて、詰めていた息を吐いた。
「あなた、まさか……」
アザレアの瞳は淫欲に満ちていた。
荒い息はたっぷりと艶を含み、肌はほのかに紅く染まっていた。
彼女を支配しているのは苦痛ではなく、快感なのだ。
ヒク、ヒク、とアザレアの太ももに軽い痙攣が走り出す。
立っていられなくなり、膝を折り、両手を地面についた。
「何よ、それ……。ふざけないでよ」
アザレアはクルミと同じだった。
痛覚を快感に変えてしまう薬を体内に取り込んでいた。
「屋敷のあの書斎で、初めて外の世界を知ったとき、わたしはお父様を憎んだ。あなただって、同じ思いだったでしょ?」
アザレアはコンクリートの上で俯せになり、快感で声を震わせた。
「何が言いたいの? 懺悔でもするつもり? やめてよ」
怒りにまかせて鉄槌を食らわせたつもりが、快感を呼び起こしただなんて、人をバカにしている。
悶え苦しんでもらわなければ困るのだ。
わたしを怨みながら死んでいってくれなければ、わたしへの罰にはならない。
どのように懺悔すればいいのか、分からなくなるではないか。