ピリオド 終編-1
「結局、隠し徹せなかったか…」
俯き、亜紀は呟く。まるで他人事のような口調から漏れる声音からは、強がりと哀みが垣間見えた。
こんな時、慰めの言葉のひとつも掛けるべきなのだろうが、オレの中に湧き上がったのは憤りの気持ちだった。
──オレは、蚊帳の外なのか?
「姉さんは、今までの人生の中で重大な岐路に立って、ようやく結論を導き出した。
でも、なんでオレには何も云ってくれないんだ?」
鬱積した思いがとめどもなく溢れてくる。──こうなりゃ全部云ってやる!
「何故、オレには相談してくれないんだッ?したっていいじゃないかッ!」
伝えられなかった悔しさと、頼られていない情けなさが混じり、思わず強い語気となって口からこぼれた。
しかし亜紀は、そんなオレにゆっくりと首を振って薄い笑みを向けると、
「もう寝ましょう」
この想いを一蹴する。
「オレじゃダメなのかッ?姉さんッ!」
惨めさが先立ち、昂った感情のままに姉の背中へと言葉をぶつけた。
すると亜紀は、振り返って近いて目の前にしゃがみ込むと、
「酔っぱらいの言い分は、ききませんッ」
云うが早いか、右手をオレの鼻先目掛けてにゅっと伸ばしてきた。
「イテッ!」
細く、長い指が鼻先を強く掴んだ。
「痛てて…飲んじゃいるけど、頭はシャンとしてるよ」
「ううん、アンタのその感情的な口ぶり。酔ってる証拠だわ」
鼻を掴む手がゆっくりと離れる。
「いい?アンタはそんなコト考えなくて良いの」
諭すような亜紀の口振り。先ほどまでの笑みは消え失せて、強い意志が感じられた。
「…わ、わかったよ」
その迫力に気負されたオレは、これ以上、訊くのを諦める。本人が、これほど意固地になって隠し徹すことを聞き出すのは無理だ。
それに、もうひとつ。
心の中にあったわだかまりは、何故だか消え失せていた。
少なくとも、絶望に打ちひしがれていた、昨夜のような姿よりマシに思えた。
「じゃあ、おやすみなさい」
亜紀は、そう言葉を残すと奥の寝室へと消えた。
オレはそれから小1時間、シャワーを浴びたり食事を摂ったりしていたが、再び姿を現すことは無かった。