ピリオド 終編-4
吉川とのトラブルから数週間が過ぎ、晩秋の11月の下旬を迎えた。
街中を縫う道の端に並んだ広葉樹の葉が、暖色へと変わって落葉しだす季節。
「冷えるな…」
仕事を終えて帰路につくと、夜の外気はすでに熱を失って、吐く息を白く際立たせている。
「おかえりッ、寒かったでしょう」
アパートに帰り着くと、そんな季節の変わり目を反映するかのように、テーブルには鍋セットと卓上コンロが鎮座していた。
「今日の夕食さ、チゲ鍋にしたの」
「へえ、そりゃ美味そうだな」
鍋の傍に置かれたバットには、冬野菜や肉、魚介類などの食材が盛り付けられていた。
「もうすぐだからさ、先にお風呂入っちゃいなさい」
亜紀が訪れてひと月になろうとするが、“あの日”を境にして、いつも明るく振る舞っている。
「ホラッ、早く」
「あ、ああ…」
半ば追い出されるカタチで、オレはバスルーム行きを促された。
(空元気ってところか…?)
湯船に浸かりながら、天井を見上げて考える。この頃は何故だか、一人になると考え込んでしまう。
離婚原因がバレて以来、亜紀は前以上の明るさでオレに接してくれる。これは何かが吹っ切れたのか、それとも開き直りなのだろうか?
(どうせオレには、最後まで本当のことは教えてくれないだろうからな)
だがそれでも良い。
これで亜紀の心に少しでも安らぎを与えられれば。
――離婚は、結婚の数倍のエネルギーを必要とする。
以前、職場の先輩が離婚した時にそう聞かされた。
ただ、その時は他人事のように聞き流していたが、まさか自分の肉親がそうなるとは考えもしなかった。
しかし、それが本当ならば亜紀はこの先、離婚が成立するまでまだまだ苦境が待ち受けてることになる。
(いずれ決断する日が来る…それまでは、のんびりしてりゃいいさ)
だが、その決断の日が、オレの予想よりも早く訪れることになるとは、この時知るよしもなかった。
「え?何だって」
「だから今日の夕方、一旦“あの人”の実家に帰るから」
それは翌日朝食の最中。亜紀が竹内の実家に帰ると話を切り出した。
「そんなの聞いてねえぞッ!」
「だから、今云ってるでしょう!」
亜紀の話では、“このまま別居を続けていても竹内は動じる男じゃない。だからこちらから先にアクションを起こして、離婚を納得させるしかない”というモノだった。
「具体的に、どうしようってのさ?」
オレには姉の考えが、どこか短絡的に映った。
「そんなの簡単よッ!“もうアナタのことなんか生理的に受け付けない”って云ってやるわ」
冗談とも思えぬ言葉に、こちらが不安になる。
「ち、ちょっと待ちなって」
人とは不思議だ。
他人事は客観的、かつ、中立に見えてしまうのに、自分のことには盲目になってしまう。
今の亜紀は、明らかに感情的になって整合性を欠いていた。