ピリオド 終編-10
「小さい頃、オレは身体が弱くて小学校に入学しても休みがちでな。友達もいなかった」
「とても想像出来ないですね」
「対して姉は活発で社交的だった。オレを気遣って、友達を家に呼んでくれてな。一緒に遊んでくれたのさ」
「それで…?」
「ああ、今でも幼い頃と同様に好きだ」
また車内に沈黙が降りた。
「ラジオでも聴きましょうか?」
「ああ…」
重い空気を和ませる、パーソナリティーの快活な声がスピーカーから飛び出して来た。
「あの…」
「なんだ?まだ有るのか」
「でも先輩、羨ましいですよ」
「はあ?」
「ボクにも妹がいるんです、高校生ですがね。今じゃ顔を合わせても、会話どころか挨拶さえ交わさなくなりました」
吉川の横顔は寂しそうだった。
「だからトスカーナでのやり取りを見た時、凄く羨ましく映ったんです」
「ありがとよ」
本音を聞かされても、なんの慰めにもならない。それは普通に仲の良い兄弟の話であり、オレには当てはまらない。
「アッ、クソッ!降って来ましたよ」
窓ガラスについた雪が、水滴となって落ちていく。情景に目をやりながら、頭には亜紀の云った言葉が浮かんでいた。
――人間はね、そう簡単には変われないの。
(まったくだ…)
どんな理屈をつけても、オレは亜紀を愛している。姉弟から女と男になった日から、何ら変わっていなかったのだ。
「遅くなりました!」
夜。オレは竹内の待つスナックに飛び込んだ。
「出掛けに…終らなくて…」
「それは携帯で聞いたよ。いいから、ほら」
薄暗い店内のボックス席。平日のためか、竹内以外に客の姿は無かった。
前回のようにホステス逹が寄って来ないところを見ると、事前に話をしたのだろう。
「今日は飲んでもいいんだろう?」
竹内がウイスキーの栓を抜こうとする。オレの中で黄色のランプが点滅する。──酒が入っちゃ、話がまとまらなくなる。
「いや、でも…」
「また素面で話すのか?今日はもういいじゃないか」
二つのグラスに氷が入り、ウィスキーが注ぎ込まれた。