『踏切の幻』-1
カン
カンカンカン……………
五月蠅く鳴響く踏切の音。蝉の音。
つい先程まで強い夕立が降っていたと云うのに、蝉は喚き騒ぎ、喘ぐ。
その全てに、僕の感覚は遮断される。
血が滲んで痺れる手首。耳に痛い警鐘。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……………」
耳の奥で断続的に僕を呼ぶ妹の幻聴。
寂しそうで、泣いている様で、聞こえて来る度に僕の胸を強く締め付ける。
ずぶ濡れの僕は、俯いて遮断機へと一歩、歩み寄った。
夕陽で長く伸びた僕の影が、どんどん踏切の中へと入っていく。
だんだんと近付く"終わり"に、僕は異常なまでに安堵していく。
ポタポタと左手を伝う鮮血の気配が、今の僕に届く事はない。
「……………スグル?」
突如、僕の世界に介入してきた背後からの声。
僕の足は自然と止まった。
ゴオォォッ、と云う大音響に、蝉時雨が掻き消えた。
ガタンガタン………と、電車の駆け抜ける音も加わり、あんなに五月蠅かった警鐘までも消される。
僕の影も、今は電車に消される。
ガタンガタン、ガタン……………
遮断機が上がるのも見ず、僕は背後を振り返った。夕陽の眩しさに目を細める。
手で目元に影を作ると、家並みの合間に信号機とT字路のある景色が見える。
その景色の中に、Yシャツ姿の少年がいた。手に傘はなく、ずぶ濡れなのが僕と同じで。
校章も学年カラーも同じだけど、知らない中学生。なんで僕の名前を知ってるんだろう。
「……………誰?」
僕は濡れた前髪を指先でどけて、彼の顔を見た。
髪は、黒よりは色素が薄くて若干茶っぽい。肌は色白で、細身だった。
夕陽を背に柔らかく微笑む顔が、中性的な雰囲気を引き立てる。
初めて見る少年……………だけど、何故だか不思議と知っているような気がするんだ。
やっと逢えた、みたいな、そんな感じで。
でも、その感覚は漠然としている。所詮気のせいなのだろうか。
「ボク、サキト。スグルのトモダチ」
初対面なのに、彼は不思議な事を云った。
ゆったりとした甘ったるい口調……………普通の人と、ちょっと違うなと思った。
「電車、あたると死んじゃうよ?バラバラだよ?」
小動物を思わせる無垢な目で、『サキト』と名乗ったその少年は僕を見つめた。
同い年の筈なのに、幼い少年に見つめられるような気分だ。
その視線は今の僕には綺麗すぎて、眩しくて、直視出来なかった。
「判ってるよ」
僕は独言のように呟いた。
「……………死ぬの?」
サキトは少し首を傾げ、あどけなく目を丸くしたまま問い掛けてきた。
意図を云い当てられ、僕は目を細める。そして、下唇を軽く噛む。
一瞬にして遠離ったあの"終わりの安堵"を悔やんだから。
そして、僕をまだ此処に繋ぎ止めてくれた事に、何故か泣きたくなったから。
目元に影を作っていた手を下ろし、僕は身体ごと横を向いた。
夕陽が僕の左半身から降り注ぎ、オレンジ色に染められる。