『踏切の幻』-7
カンカンカンカンカンカン……………
蝉の声より五月蠅く、警鐘が頭に響く。
仕方ないな、と思い、僕は立ち止まって俯く。
少しひびの入ったアスファルトを見つめていたら、僕の足元に誰かの影が伸びた。
まだ残る暑さに茹だりながら、僕は遮断機の向こう側を見る。
眩しいせいで、視界は下向きだ。向こう側に立っている人の腰辺りまでしか見えない。
でも、その人のズボンが僕の通う中学の制服の色に似ていたから、左手で目元に影を作り、もっと上まで見る。
長袖のYシャツに、茶を帯びた黒髪で……………。
「サキトッ!!!」
僕は叫んだ。
その瞬間、時が止まった。
風、蝉時雨、近付く電車の音、気配、全部止まった。
何も聞こえない。何も動かない。僕も動けない
そんな中、サキトの口元が僅かに動く。
「お兄ちゃん……………」
ゴオオオォォォォッッ……………
彼の小さな声を聴いて、夕陽を背にしたその笑顔を見たその瞬間、止まっていた時間が元に戻った。
大音響を響かせ、一瞬にして電車が目の前を遮る。
僕の足元に届いた影も、僕の声も、全て遮られる。
一瞬……………あの一瞬は、何だったのだろうか?
でも、確かに云えるのは、あれがサキトだったと云う事だ。僕の事、「お兄ちゃん」って呼んでた……………。
早く、早く通り過ぎてくれないだろうか。
高鳴っていく鼓動の中、硬質な電車を眺めて僕は願う。
こんな時に限って、電車はすごく長い……………いや、よく通る電車と同じ位なのかも知れないけど、今の僕には延々と続いている様に感じる。
辺りの草がザワッと揺れ、最後の一両が通り過ぎた。警鐘が途切れ、遮断機が上がる。
でも……………その先にサキトはいなかった。
僕はすぐに走って渡り、彼のいた付近を見回した。
何処かへ走っていったのかとも思って、向こうのT字路も見てみた。
しかし、何処にも彼はいないのだ。
僕は振り返り、今度は僕が歩いてきた方の踏切を見つめる。
其処にはただ、僕の影がいるだけだ。
僕は呆然と立ち尽くした。
五月蠅い蝉時雨、木々のざわめき……………もう、何も耳に入らない。
ただ、何も考えられないまま、そのままずっと僕は立ち尽くしていた。
君は、何処?
僕を置いて、何処に行ったの?
立ち尽くす僕をよそに、蝉は騒ぐ。
風が僕の頬を撫ぜ、鳥が僕の頭上を掠めた。
「サキト?」
僕は彼の名を呼んだ。
「……………サキト」
今度は、少しゆっくり、大事に呼ぶ。
それでも、彼は何処にもいない。
まだ、彼とは話したい事がいっぱいあったのに。いっぱいお礼を云いたかったのに。