『踏切の幻』-5
踏切の警鐘。
蝉の声。
僕は大きい音や蝉の声が好きじゃない。
照りつける夏の日差しも好きじゃない。
自分自身だって好きじゃない……………。
「……………スグル」
僕の腕を掴んだまま、サキトが僕を呼んだ。
「何?」
「……………」
僕が返事をしたけれど、サキトは黙っていた。
黙って、線路を見つめていた。
「ねぇ、もし……………」
「え?」
彼が何か云おうとしたその時、ゴオオオッという大音響と共に電車が目の前に走り込んできた。
蝉の声も警鐘も、サキトの声も……………全部掻き消される。
でも、何故か僕は彼が何を云ったのか判ってしまった。
聞こえる筈もないのに、何故か聞いてしまったんだ。
───────ねぇ、もしこの時この中に飛び込めば、楽になれるの?
息が詰まり、手首の傷がズキンと痛んだ。
その問い掛けは、あの日ずぶ濡れになった僕が、サキトと逢う前まで考えていた事と一緒だったから。
サキトは視線を向けていた線路が電車に隠されても、視線の先を変えなかった。
想像できないような真摯な顔だった。僕の腕を掴んでいた手に、少し力がこもる。
やがて電車が通り過ぎ、警鐘が鳴りやみ、遮断機が開く。
人通りの少ないこの踏切で、五月蠅いのは蝉の声だけになった。
「……………へへ、なんでもないよ」
サキトはまた明るく微笑み、僕の腕を放して僕を見た。
そして、ぱたぱたと駆け出す。
「バイバイ、スグル」
腕を力一杯振って、サキトは遠離っていく。
……………サキト、なんでそんな事を考えていたんだ?
もし君が飛び込んだなら、また僕は独りじゃないか。
ハンカチを渡しそびれた事すら思い出せないくらい、彼の背を見送るのがひどく寂しく感じた。
もう、終業式の日が訪れた。
明日からは夏休みだ……………嬉しいような反面、僕には何か物足りなさがあった。
ポケットに手を入れると、まだハンカチが入っている。
あれから一週間経ったけど、サキトには逢ってない。
本当に何処かの踏切に飛び込んだんじゃないかって……………そんな不吉な不安すらある。
蝉時雨の中、青信号でふらふらとT字路を越えて歩いていると、またあの踏切が見えてくる。
今日も空は高く青く、夕立の気配は皆無。
そして、誰もいない……………もう彼には逢えないのだろうか?
踏切の警鐘が鳴り、遮断機が下りた。
僕はその前で立ち止まり、サキトを捜して辺りを見回す。
後ろを振り向くと、誰か走ってくるのが見える。
ちょっと色素の薄い髪を揺らしている、細身の少年。
あれは……………サキト?