『踏切の幻』-4
───────大丈夫。
サキトの微笑みが浮かんで、心が少し楽になる。
ゆっくりと部屋に入って、僕は仏壇の前に立った。
すごく久しぶりに見る仏壇は、あの日から変わってない筈なのに、何処か違って見えた。
僕は鞄を足下に置いて、真っ正面に正座した。そして、ちゃんと遺影を見据える。
線香の煙で、妹の笑顔が霞んで見えた。
そして、目の奥から滲み出てくる熱いものも加わり、視界が歪んでいく。
「リコ……………」
僕は喉の奥から絞り出すように妹の名を呼んだ。
リコが此処にいないのは、僕のせいなんだ。
僕がリコを独りにしたのがいけなかったんだ。
やっと僕を見つけた嬉しさでいっぱいで、夢中になったから飛び出したりしたんだ。
僕のせいなんだよ……………悪いのは僕なのに、なんでリコが死ぬの?
傷付いた手首を抱え、畳に突っ伏して僕は泣いた。
柔らかなハンカチに包まれた疵痕が、そのまま僕の贖罪だった。
学校帰り、あの踏切を渡る度に、僕は考える。
妹の事、サキトの事。色々。
妹は天国で独りで、僕も独りになってしまった……………けど、僕にはサキトってトモダチができた。
妹はこれからずっと独りなのに……………最低だな。
そう思っているくせに、僕はサキトの存在に甘えてしまうんだ。
孤独から、罪の意識から救われたくて。
そして、僕自身が……………弱すぎて。
でも、少しは勇気がついたよ?
サキトのお陰だけど、あの日から少しずつ、リコの仏壇と向かい合える様になったんだ。
今日も学校帰り、T字路を越えて、またあの踏切に差し掛かった。
此処に来る度、冷え切った心が温かくなる。
何もない僕に、彼はあの時確かに「ボクがいる」と云ってくれたんだ。
また逢う時には返そうと思って、いつもハンカチをポケットに入れている。
流石に、あの時手首に巻いてもらったものは血で汚れてしまったから、新しいものだけれど。
蝉の声が五月蠅い。短縮日課の帰りに見れる真昼の太陽は高いな、と青空を見上げ、僕は踏切へと近付く。
よく見ると、遮断機の前に誰かがいた。
「スグル……………」
黒茶の髪にあの顔立ち……………サキトだ。
でも、何か少し変だ。目が真っ赤だし。
「どうしたの?」
彼に歩み寄り、涙で濡れた顔を覗き込んだ。
「ううん……………なんでもない」
サキトは袖口でぐっと涙を拭うと、初めて逢った時みたいににこっと笑った。
でも、その笑顔が寂しそうで、苦しそうで、胸が痛くなった。
その時、警鐘がけたたましく鳴り始める。
「や、やめてッ!」
慌てて渡ろうと駆け出す僕の腕が、サキトに掴まれる。
「待って。いかないで、おねがい」
サキトがまた泣きだしそうな目で僕を止めた。
踏切事故で妹を失ってるからだろうか……………僕は立ち止まった。
きっと僕も、サキトが慌てて路上に飛び出そうとしたら、こうやって止めると思うから。
そんな僕等の前で遮断機が下りる。