『踏切の幻』-3
幼い頃に衝撃的なモノを見たと云うのに、静かで穏やかな眼差しだ。
泣きそうな顔をすると思ったのに……………僕には不思議で堪らなかった。
だって、僕の妹が交通事故で死んだ時、僕はずっと泣いていたから。今だって、ずっと悔やんでる。
妹が死んでいる事まで一緒だったなんて……………嫌な偶然だなあ。
僕が黙っていると、サキトは走ってこっちに戻って来た。
「ケガ、早く治るといいね。心のイタイのも、なくなるといいね」
サキトはそう云ってふんわりと微笑み、胸ポケットから小さい何かを取り出した。
僕の手を取り、その掌の上に載せる……………折り鶴だ。
何かのお菓子の包みで折ったらしい。藍色と水色と白の縞模様だった。
「ボクとスグルはトモダチ……………もう、独りじゃないね」
夕陽を正面から受け、サキトの満面の笑みが明るく照らされる。
また僕は、その眩しさに目を細めた。
独りじゃない……………?
「それじゃあね、バイバイ」
サキトはその笑顔のまま駆け出した。
踏切を渡って振り返り、腕をいっぱいに伸ばして僕に手を振る。
僕も僅かに振り返すと、彼は嬉しそうに坂を下って走り去った。
変な奴だな……………。
狭い背中が完全に見えなくなるまで見送り、心の中で呟いた。
いつの間に血は止まっていた。
* * * * *
「ただいま……………」
玄関をくぐり、僕は一言そう云った。
線香が香ってくる……………僕はいつも、この香を嗅ぐとゾッとする。
でも、今日はなんとなくその感覚が和らいでいたから、線香の香りを放つ部屋へと足を運んだ。
かつて妹が使っていた六畳の部屋に、黒く冷たい仏壇が黙って佇んでいる。
今日までの僕は、決して仏壇を見なかった。遺影も、見なかった。
最後に仏壇と向かい合ったのは、数ヶ月前の葬式の日だった。
それは、手を合わせたくないんじゃなくて。
本当は、ちゃんと向かい合って、手を合わせたくて。
でも……………それが出来ない。
未だに、妹の死から逃げたい僕がいる。
そして、妹が僕を恨んでるかも知れなくて、写真ですら顔が合わせられない。
怖がりで、ひどく弱い僕……………大嫌いだ。
「お兄ちゃん……………」
また、何処からか声が聞こえてくる。……………でも、幻聴。判ってる。
この妹の声が、僕に助けを求めている様な感じで、心がひどく痛む。
手首の傷がじわじわ痛み、僕は手首をサキトのくれたハンカチごと強く押さえつけた。