『最後の夜』-1
―‐もし叶わない恋をしてしまったら、あなたならどうするだろう?
―‐もしその想いを告げる事が出来ないような恋だったとしたら…
俺の好きな相手は自分の兄貴。6歳の頃にこの異常な恋心に気付いて、もう10年が経過している。
可愛くて綺麗で、負けん気が強くてお人好しで、優しくて…俺とは全く逆。
「晃、聞いてんのか?」
「…え?あ、悪い…」
不意に兄貴に呼ばれ、俺は慌てて振り返る。
「だから、『荷物は一応全部まとめたけど残りもんがあったらまたメールして』って言ったんだよ。」
「ああ…うん。…了解。」
少し苛立ったみたいな兄貴と目が合った。大好きな大好きな兄貴…。
―‐兄貴は明日、結婚してこの家を出ていく。
相手は極普通の女の子。明るくて可愛くて元気で、ちょっと悪戯っ子。名前は耀子さん。
「しっかりしろよ、晃。明日からお前が両親の面倒見なきゃなんないんだから。ほら、分かったら早く部屋戻れ。」
なんて言いながらも、絶えず表情は満面の笑顔。
(…幸せそ…)
荷造りを終えて、兄貴は早々に布団に入ってしまった。けれど俺は出ていかない。布団の端に腰をかけてみる。
「…こぉら、俺は明日結婚式で早起きなんだから邪魔するな。」
困ったように身を起こす兄貴と目が合った。
―‐本当の事言ったら、兄貴はどんな顔するのかな?
俺はずっとあなたが好きでした。…なんて、実の弟から…しかも男からの告白を受けて。
OKがもらえるかもなんて、甘い考えはないけど、けどもしかしたら…
こちらを不思議そうに見つめる兄貴に、気付けば極自然に、俺はキスをしていた。
「……な…」
離れた唇から漏れる、兄貴の戸惑いの声。
(分かり過ぎるよ、兄貴…)
その一言で全く望みがない事を確信してしまい、俺は唇を噛み締める。その後の言葉なんて決まってる。
『お前は男で、しかも男だろ?こんなのはおかしいよ。』
兄貴の唇が動き始める。俺は兄貴の二の句を防ぐように息を吸うと口端を引き結び、笑みを浮かべ…
「…明日から毎日耀子さんとこんな事ばっかりするんだろ?兄貴のエッチー」
おどけて笑う俺の姿に兄貴の硬直は解け、再びその顔に笑みが戻った。明らかにホッとした様子で、嬉しそうに。
(…ほらな、やっぱり分かりやすい。)
頭をこづいて「俺をからかおうなんて10年早いよ」なんてやり返す兄貴に、俺は頭を押さえて笑ってみせる。
「馬鹿な事ばっかしてないで早く部屋帰って寝ろ。」
「最後なんだからもう少しぐらいいいだろ?ケチ…」
だが兄貴はそのまま布団に潜り直し、今度こそ本格的に寝息を立て始めた。