夕食の時間です-1
デジタル時計が五時半を知らせる。私はテレビの電源を消し立ち上がった。今日の夕食はとびきり豪華なものを作る予定だから、支度はいつもの倍近くかかるためだ。
冷凍庫から鶏の胸肉を出す。それからその胸肉の後ろに隠してあった冷凍グリンピースも取り出す。業務スーパーで買ったそれは大きなビニル袋にずっしりと入っており、その重さに胸が高鳴った。
二合分の米を研ぎ、それを電子釜にセットした後、ビニル袋の封を開けてばらばらと大量のグリンピースを投下した。黒と白のコントラストだった釜の中は、またたく間に濁った緑と黒の二色に変わる。タイマーを夫が帰ってくる七時半にセットした。
続いて冷蔵庫からキャベツとウインナー、昼間行ってきたスーパーの袋からニンジンとジャガイモを出す。ジャガイモとウインナーは適当な大きさに、キャベツとニンジンは短冊切りにする。玉ねぎを入れる家庭もあるようだが、我が家では入れない。
さっと水でさらったジャガイモを鍋で煮込み、しばらくしてからニンジンとウインナーを投下し、コンソメを鍋の中に入れて味付けをする。キャベツは最後に入れた方が汁を吸いすぎなくて私は好きだ。そしてグリンピースを適当にざらざらと入れる。
これで完璧だ。ジャガイモはコンソメの味をよく染み込ませる必要があるからここからじっくり煮込む。今回はそれともうひとつ、グリンピースの味をスープに染み込ませるためでもあるのだが。
私と夫は社内恋愛の末に結婚した。
彼はとても魅力的な男性だった。仕事ができて、人当たりもよく、ルックスもいい。まさに非の打ちどころのない人間だった。
当時の私からすれば彼は雲の上の人であり、だからこそ彼が私を選んでくれたことは自他ともに奇跡としかいいようのない出来事だった。特別美人なわけでもなく、仕事ができるわけでもない、地味で冴えない女だった私を彼が好きだと言った日には、
私を含む誰もが耳を疑ったほどだ。
彼は私を愛してくれた。彼を好きな女性はたくさんいたのに、彼は私を選んでくれた。私はひそかな優越感に浸っていた。
フライパンを火にかけ、温まったところで先ほど自然解凍を始めた鶏肉を焼く。肉の焼ける音がしたところでコップに半分ほど入れた水を入れ蓋をする。油がはねて私の腕に一瞬の痛みを与えた。
続いて片手鍋に水を入れ、火にかける。沸騰してきたところに小さじ一杯の塩と残りのグリンピースを入れる。濁った緑色が鮮やかな緑色に変わったところですぐに火からおろし、ざるにあげて冷水で冷やす。
一粒を手にとって口の中に入れ、奥歯で噛んだ。ぷち、といやな音がした気がした。
「お前の料理は世界一だな」これが彼の口癖だった。結婚してからもそれはまるで一種の儀式でもあるかのように彼は毎日言い続け、私はそのたびに幸せだった。
いつからだろうか、彼がその儀式をやめたのは。
帰りがいつもより遅くなった。以前はけしてなかった朝帰りを何度もするようになった。スーツに女物の香水の匂いがついていた。女の匂いがついていた。
私の食事を食べる回数が減った。弁当も最近はいらないと言うようになった。私を求めなくなった。
蓋をとり、余った水を捨てる。蒸しあがった鶏肉にスパイスで味付けをし、弱火で全体に焦げ目がつくようひっくり返しながら焼く。
大きめの皿にレタスを敷き、焼けた鶏肉をその上に乗せてから、冷やした塩ゆでグリンピースをその上にぱらぱらと散らした。ポトフにはキャベツを入れて五分ほどしてから火を止める。
料理はほとんど完成した。次はテーブルの準備だ。
鮮やかな若草色のテーブルクロスをかけて、真ん中に鶏肉の皿をセットする。彼の座る席にはランチョンマットの代わりに、緑色の枠線と字が印刷された薄い紙を敷く。紙には「離婚届」と書かれていた。