夕食の時間です-2
付き合っていた頃、彼はいつも喜んで私の料理を食べてくれたが、ただ一度だけ料理を残したことがあった。
「俺、グリンピースだけは駄目なんだよ。ガキの頃から嫌いでさ」
そう言って、苦笑しながら彼はクリームシチューに入れたミックスベジタブルのグリンピースを皿からよけて食べていた。
外食に行っても彼は同じ調子で、絶対にグリンピースだけを器用によけて食事をしていた。彼の口に一度も入らず、彼から拒まれて皿にみじめに残るグリンピースは、
まるで彼に選ばれなかった女性達に見えて私は内心笑っていた。
それがどうだ、今は私がグリンピースだ。
離婚届に私のサインはもうしてある。あとは彼がサインをするだけだった。もちろん、慰謝料はたっぷり貰うつもりだ。嫌だと言われたら裁判を起こすまでだ。そのために探偵まで雇ったのだから。
慰謝料を貰ったところで私の傷が癒えることはないことくらい分かっている。残るのは虚しさだけだということも。
私は彼を愛していた。もちろん今も愛している。
けれど、彼にとって私はもういらない存在なのだ。グリンピースのようによけられてしまうのならば、初めからいなければいい。だから別れる。それだけだ。
そろそろ七時半だ。彼が帰ってくる。大事な話があるからと朝言っておいたから今夜は必ず帰って来るだろう。
鼻の奥がつんとして、ぱちぱちと数回まばたきをする。テーブルクロスの上にシミ
ができた。
「あらいやだ」
あわてて水滴のついた部分に朱肉を置いた。すぐに乾いてしまうものだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
「ただいま」
彼の声がしたのと同時に電子釜がピーと鳴り、炊けたことを知らせた。
「おかえりなさい」
声のした方を振り返らずに、私は電気釜を開けてしゃもじで豆ご飯をよくかき混ぜる。鮮やかな緑色と真っ白なご飯の対比はとても美しかった。
「うわ、グリンピース臭い。何だよ、グリンピースは嫌いだって昔言っただろう」
「もちろん覚えているわ」
振り向き、眉間に皺を寄せて不快さを露わにする夫に私は微笑み、そして言った。
「さあ、最後の晩餐にしましょう」
END