『雪兎-YukiUsagi-』-1
俺は愛読しているミステリー小説のページを捲りながら、珈琲を啜った。
夜中に静かな居間で読書をするのが俺の日課だった。
窓の外に目をやると、雪が積もった白い世界が見える。
闇に落ちて、街灯の光に照らされる外の景色は寒々しく、でも綺麗に見えた。
よく見ると、家の塀の上には、雪兎が置かれている。
昼間に妹が作ったであろう雪兎は、掌の半分ほどの大きさで、紅い実の目に緑の葉の耳が差し込まれていた。
まるで俺を外に誘ってるかの様に見えた。
けど、部屋で大人しく読書するのが好きなタイプの俺にとって、あの環境は厳しい。
また彼は本に視線を戻し、続きを読み進めた。
……………。
……………違和感がある。
暫く黙って読書に夢中になっていたが、誰かに見られている様な違和感が絡み付く。
部屋を見回すが、家内は寝静まっていて、居間には勿論誰もいない。
人工的な光だけが照らす外へと視線をやった。
すると、家の塀に幼い誰かが座っているのが見えた。
年は俺と同じかそれより下の小学生か、そのくらいの少年。
身体に合わない真っ白なセーターを着ている。帽子の布が長く垂れていて、丁度兎の耳みたいだ。
少年は俺と目が合っても、にこにこしながら俺を見てくる。
なんか妙な奴だな……………。
そう思って俺は本を閉じ、席を立った。
上着を羽織って外に出た俺を、冷たい夜の空気が出迎えた。
雪はもうやんでいるが、やはりこの寒さはきつい。
「あ、出てきてくれたんだっ」
少年はぴょこんと塀から飛び降り、俺の前に走り出た。
背が低い……………10cm以上は違う。
間近で見てびっくりした。だってコイツ、髪の毛が銀色してて、瞳が紅い。
「お前誰だよ。何で俺ん家にいんだよ」
「んー、わかんない。わかんないけど、ボクは此処にいるよ」
淡泊な俺の問い掛けに、少年は何一つ当を得た返答を返さない。
「キミと遊びたいなぁ」
問い詰めようとした時、少年は俺の袖を掴んでじっと見上げてきた。
「なんで‥‥」
「ね、名前つけてよ。ボクって名前ないから。キミがくれるならなんでもいいよ」
また云いかけたところを遮られ、俺は閉口した。
こうもペースにハメられては、流石に俺も口が挟めない。
「……名前………?」
何を云うにも無駄だろうと思い、俺は彼の言葉を拾った。
そして、目の前にいる短身の少年を見つめる。
白銀の髪は真っ直ぐ綺麗で、丸くて大きな目は小動物を思わせる。
真っ白い肌に、変な帽子に……………そうだ、コイツ、兎だ。兎みたいだ。
「……………ユキト」
「ほぇ?」
俺が呟くと、奴は首を傾げた。
「"雪兎"って書いて、"ユキト"。お前兎っぽいから」
其処まで云い切って、俺は短絡的すぎたかなと少し後悔した。
よく判らないが、取り敢えずつけてほしそうにしてたし、どうも兎のイメージが強くて。
だからまあ、いいか。
「ゆきうさぎで、ユキト。ユキト……………ありがとっ。ボク、初めて大切なモノができたよ」
ユキトは自分の頭の中でその言葉を反芻し、満面の笑みを浮かべた。
「今度はキミの名前聞かなきゃ」
するりと俺の袖を掴んでいた手を離し、奴はそう云った。
でも、なんか自分だけ名乗るのも気が進まない。
「お前の好きな名前で呼べよ」
俺は敢えて名乗らず、ユキトにそう云ってみる事にした。
それは好奇心なのか何なのかはよく判らない。ただ、訊いてみたかった。
「ふぇー………ボクがつけるの?ぅーんとね……………」
ユキトは早速、俺の事を観察し始めた。