『雪兎-YukiUsagi-』-5
「……………あ………」
そして塀の上にあった筈の雪兎が目に留まる。
近付いて見てみると、それはもう日光に溶かされていた。
小さい雪の破片と、目と耳の部分が残っている。
お前……………なのか?ユキト……………?
原型を崩した雪兎の目が、寂しげに何処か遠くを眺めていた。
『ボク、太陽が昇るとダメなんだ。今じゃなきゃダメなんだ。今夜じゃなきゃダメなんだ』
胸の奥でユキトの言葉が蘇った。
……………夢じゃない。確かにアイツはいたんだ。
よく判らない奴だったけど、でも存在してたんだ。
……………何処だよ、ユキト。
『クロと逢う為に、ボクはあそこにいたんだね……………』
また蘇る声。
まるでこの雪兎が、そのままユキトだったみたいに。
イヤ……………ユキトはやっぱりコレだったんだ。
白くて、綺麗で儚くて、俺を外へと誘ってた。
それで今、俺の目の前で溶けて無くなってく、雪兎……………。
今更になって色々気付いた。
なんで云ってやれなかったんだ。
俺もアイツに、大事なモノを貰ったのに……………。
「大好きだ」って、なんで俺からも云ってやれなかったんだ?
「好きだ………ユキト。ユキト、好きだ。ユキト……………」
震える指先が溶けていく雪兎に触れた。
『クロが大好きだよ』
昨日の声と笑顔だけ、俺の中で鮮やかに蘇る。
『ずっと好きだよ。すごく好き……………』
何度も蘇る。
でも、ユキトの姿だけは此処にない。
「ユキトッ……………ユキトッッ!!!!」
クロはその場に項垂れた。
呼ぶ声に答える相手なんかとうにいなくなってる。判ってる。
でも、叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
まだ俺も誰かを喜ばせるんだって教えてくれた。
そんなユキトが愛しかった。
純粋で単純で、ただ愛しかったんだ……………。
『クロは、色々大事なモノできた?』
遅すぎる……………けど、今更答えていいか?
俺は、ユキトが…………………………。
俺はユキトを造っていた紅い木の実と緑の葉を使い、溶けない雪兎を作った。
砂糖の雪兎は夏もそのままの姿で、ずっと溶けて無くなる事はない。
ユキトは溶けて消えてしまった。
ただ、想い出は溶けずに、今も残り続けている。
ユキトの想いと、ユキトへの想いと共に。
伸ばした手はまだユキトの手を掴めないみたいで。
彼の記憶だけぎゅと、ずっと握ってるんだ────────。
−FIN−