『雪兎-YukiUsagi-』-2
奴は色々な角度からまじまじと俺を見つめていたが、やがてその手が俺の頭に伸びてきた。
大きいセーターの袖に潜ったままの手で、くしゃくしゃと俺の黒髪に触れる。
「クロ。髪黒いから、クロ」
にこっと笑ったユキトに、俺は拍子抜けした。
それって俺よりひどいネーミングなんじゃないかとか、思う。
「クロ、いや?」
間抜けな表情をしている俺の顔を、ユキトが無邪気に覗き込んでくる。
その顔に屈託はなくて、可愛くて、俺は黙って首を振った。
それを見て、ほっとしたのか、ユキトの笑顔の明るさが増した。
「クロ、遊び行こ。連れてってよ」
ユキトはクロの右腕を両手で掴んだ。
「遊びにって、今から?」
「ボク、太陽が昇るとダメなんだ。今じゃなきゃダメなんだ。今夜じゃなきゃダメなんだ」
ユキトは俺を引きずる様な感じで引っ張りながら駆け出した。
なんつー奴だ。素性も知れないのにいきなり遊びに行くとか云いだして。
でも……………不思議と悪い気がしないのは何故だろう。
「夢みたいだなぁ。ボク、ユキトね、寂しくて、クロと遊びたかったんだ。お昼からずっと夜を待ってた」
走りながら、ユキトはそんな事を云う。彼の帽子の耳がひらひらと靡いた。
一体どんな意味なのかよく判らなくて、俺は返答に詰まった。
しかしユキトは気にならない様で、どんどん足を速める。
「クロ、"公園"行きたい」
繋いだ右手をぎゅっと握り、ユキトはクロを振り返った。
「この通りを真っ直ぐ行けばあるから」
あまり走るのが不得意な俺は、殆ど引きずられながらそう答えた。
「ありがとっ」
ユキトは満足そうににっこりと微笑み返す。
なんか、本当に変な奴と出逢ってしまった様だ。
そうは思っても、ユキトを見てるとなんだかこっちまで楽しくなってきた。
* * * * *
ユキトに引かれて走り、夜の公園に辿り着く。
昼間はよく子供が走り回ったりしてて賑わっているが、今の時間は暗闇の静寂に包まれている。
「夜は静かなんだねぇ。みんな寝てるもんね」
かなり速く走ったのに、ユキトは少しも疲れた素振りなんて見せずにそう云った。
そしてブランコを見つけ、俺の手を離してそっちに走っていく。
俺はと云うと……………すっかり室内っ子体質な為に、完全に息があがっている。
クロはユキトの跡をゆっくりと追った。
「クロ、ブランコすごいね」
俺がブランコに辿り着いて柵に腰掛ける頃には、ユキトは既にブランコに乗ってはしゃいでいた。
座ってこいでいた彼だが、やがて立ち上がる。
「このまま飛べそうだなぁ……………空まで届けばいいのにね」
ユキトは夜空を見上げながら、幼い夢の様な事を呟いた。
俺も空を見上げた。朝まで雪を降らせていた雲はもう流れたのか、済んだ星空が広がっている。
お互いそれきり黙ってそうしていたが、暫くしてユキトは減速してブランコから降りてきた。
「もういいのか?」
「うんっ。楽しかった」
俺の問い掛けにユキトは大きく頷いた。
そして広場の方に駆け出ていく。
「まだ雪残ってるよ。雪だるま作ろ」
そう云う時だけユキトは振り返り、そしてまた駆け出した。
雪の厚く積もった場所で、雪玉を丸め始める。
実際コイツはいくつなんだろうと思いながら、俺もユキトを追って走った。
かえって見た目の年齢よりも中身は子供なのかも知れない。