恋愛小説(3)-8
「わっはは、後藤、おぬしも悪よのう!」
「いや、でかいからってそれは意味わかんないっスよ」
「おぉ!佐々木、お前にはポークビッツの称号を授けよう!」
「木村さんも負けてないと思うっスけどね……」
「ぬぁ!?上田!貴様なにタオルなんてものを巻いている!脱げ脱げぃ!!」
「……もはややりたい放題っスね、木村さん」
「うぉお!君は素質があるよ新島くん!これから君の事はヒートテックインナーと呼んであげよう!」
「き、木村さん。それはさすがにひどいっス……!」
今年初めて参加した新入生のタオルを、手当たりしだい剥いで行く木村さん。男が群がって他人の性器を喜んで見て回る。これほどムサい光景もないだろう。
「地獄絵図とはこのことかな、水谷?」
「さぁ……、毎年の事だから。感覚が麻痺してきていてわからないよ、田中」
「いちいちツッコむの面倒になってきた」
「日高さんが居ないだけ、まだマシなほうだろ?」
「それにしてもなぁ」
「まぁそう言わずにがんばってよ。そして僕の方へ手が回らないようにしてくれると助かるね」
「難しい注文だなぁ……」
「こらぁ水谷!なに端っこの方でまったりしてる!お前も早く披露をしないか!!」
はぁ……。結局こうなる。やれやれ。
風呂上がりの女性陣というのは、それがどんな集団であれ、男性の妄想を駆り立てるものだ。紅く火照った頬。濡れた髪を後ろでまとめ、服に伸びる白い首筋。スッピン。まぁなんといえばいいのだろう。僕も例外という訳にはいかない。
「ひーちゃんも、やっぱり湯上がりの女性を見るとドキッとする?」
「ちーくんはムッツリスケベやからなぁ」
「千明の湯上がりには、なんとも思わないよ」
「あっ、じゃああーちゃんの湯上がりにはムラムラくるんや!?」
「そ、そうは言ってないだろ!?」
「ひーちゃんも男の子だね」
「ねー!男はみんなケダモノや」
僕はやっぱり、この言葉にも反論できなかった。つまりどういう事かって、そういうこと。
□
空は恐ろしい程綺麗で、少し見ているだけで吸い込まれて行きそうな錯覚に囚われる。山奥の闇は、都会のそれとは物が違う。深く、暗く、根源的な闇だ。真っ黒の上に紺色を塗り足したかのような色をしている。そこに宝石をちりばめたかの様に点々と星が輝いている。紅い星、蒼い星、緑色した星。星は見る場所によって、大きさも色も違って見えるのだ。いつも見ていたのとは違うそれに、僕らは今日何度目かの溜め息をついた。
食事を終えると、僕らは近くにある展望台に来ていた。展望台と言っても街の夜景が見える訳ではない。昼には山が、夜には星が見える展望台だ。重厚な木で出来たベンチが等間隔に並んでいる。恋人達が座り込むのを、今か今かと待ち構えているかの様にも僕には見えた。この時間帯になるとさすがに大声を上げてわいわい騒ぐなんてことをする人はおらず、当たりにはそれっぽいムードが漂い始めている。どこかしらでヒソヒソと何かを語り合う声が聞こえるけれど、分厚い闇に遮られて、それがどこから来るのかもわからない。見えるのは星と、人の形をした二人組の影と、山のシルエットだけだ。
40人ほどいたメンバーはいつしか二人消え、四人消え、ちょうど二の倍数ごとにその人数を減らして行く。先ほどから木村さんの姿も見えない。村田さんとどこかで愛をささやき合っているのかもしれない。このあとの予定の花火大会までにはまだ4時間程ある。彼らは(あるいは彼女らは)それまでの間に勝負に出るのかもしれなかった。
僕はといえば、一人ベンチで煙草を吹かしていた。どこかのタイミングですっと集団を抜け出した訳だ。集団を抜ける際にどこかで千明の声が聞こえたような気もしたが、僕はあえてそれを気にしないで行動した。たまには一人になりたい時だってある。幸い闇が深く、個人を特定しようにも手がかりがない。声でも上げない限り、この場は特殊な個室と言えるだろう。本来の目的である星の輝きを眺め、僕はこれまでとこれからの事を考えた。山奥の夜は涼しく、上に羽織って来たカーディガンの暖かみが嬉しい。