恋愛小説(3)-3
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今年の夏は涼しく、七月も終わろうとしているのに、早朝は長袖がうらやましく思える程だ。
今回の夏期キャンプは車で三時間程走った、ある山奥のキャンプ場で行われることになっている。計画したのは木村さん。大型のバスを借り、木村さんの運転でサークメンバーは聞き覚えの無い土地の山深くヘと向かっていた。
「ふっふっふ。水谷、なぜ俺が大型の免許をもっているか不思議に思うだろう?」
「いえ、特に思いません」
「なぜだ!?めずらしいだろう!?」
「めずらしいですけど、木村さんがバスを運転してる姿は、去年も一昨年も見ましたから」
高速を抜けると全くといって良い程違う景色が広がる。たった三時間の距離が、僕らを別の国に来たような気分にさせるから旅行はおもしろい。濃い緑が生え揃う山の上の方を指差しながら、木村さんは言った。
「今回の目的地はあそこの山の真ん中当たりにあってな。駐車場からちょっと離れているから、歩いてもらうぞ」
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ちょっとどころでは無かった。僕らは急な勾配の坂道を一時間みっちり歩ていた。木村さんのちょっとはどこまでがちょっとなんだ、と田中が小さく舌打ちをしながら呟いていた。僕も大体においてその意見に賛成だった。この距離と勾配は、けっこうな道のりだと思う。
「あかーん、ちーくんもう無理。私はもう一歩も動けへん!」
その場で大の字になって寝転がった千明は大きな声でそう言った。後ろを見ると、結構な大人数が参加した事がわかる。木村さんのペースにあわせて歩いていた僕らは先頭に立っていたのだ。木村さんほどタフではないサークルメンバーのペースは遅く、結構な距離で間延びしていた。
「木村さーん!まだ目的地は着かないんですかー!?」
「おー!もうすぐだー!」
先ほどバスではちょっとと言っていた。目的地まではまだ結構あると思って良いだろう。
「ほら千明。もう少しらしいからがんばって。荷物ぐらいなら持ってあげるから」
「荷物は持つしおんぶしてー」
「そうすると、千明と荷物の加重が僕の背中にダイレクトに乗るってことを、理解した上での発言だよね?」
「もちろんそうや!」
「……決めた。荷物も持たない」
「あぁ!うそうそ!ちゃんと自分で歩くから荷物だけ持ってー!!」
到着したころには全員が汗だくなっていた。ある女性メンバーは化粧が崩れてピエロみたいになっていて、僕と千明は笑いをこらえるのに随分とエネルギーを消費した。
「あぁーおなかへったー。ちーくん、今何時?」
「もうすぐ十二時になるね」
涼しい夏とはいえ正午前後の時間帯はやはり日差しが強い。じりじりと身を焼く様な太陽光線をさけようと、皆タオルを頭からかけたり帽子をかぶったりしていた。
「うし、じゃあバーベキューにしよう。汗もかいただろうから、女の子は水着に着替えてくると良い。そこの建物がペンションになっていて、今晩のお風呂なんかをお借りするところだ。着替えたらそこから少し下っていったところに川辺があるから、男連中はそこでバーベキューの準備だ!」
「水着?泳げるところがあるんですか?」
「もー、ちーくん会計やのに聞いてへんかったん?まえのサークルで木村さんが言ったはったやんか」
そうだったのか。そのころ僕はテントやらバーベキューセットやらの準備、ないしはその費用の計算で頭がいっぱいだったのだ。
「もしかしてちーくん水着もって来てへんの!?」
「聞いてなかったのだから、そういうことになるね」
「うわー、御愁傷様」
確かに独りだけ泳ぐ事ができないのは拷問だと言えた。火照った身体が流れの緩い川の水が冷やす。心底冷えたところにバーベキューを囲い、お酒とお肉を食べながら身体の解放を楽しむのだ。
僕はと言えば、泳ぐことができないから足だけ浸かって川の流れを楽しんでいた。汗でべたべたになったTシャツを脱ぎ、上半身だけ裸になり気分だけでも味わう。しかしどうあがいても「なんちゃって納涼」にしかならず、皆が川の流れで楽しんでいる間、僕は大きな岩の上で手持ちぶさたに煙草を吹かすしか無かった。